かわいく生きられない女たち Vol.1

早稲田出身、メガバンク勤務の28歳女の婚活が難航するワケ「彼氏はできても結婚できない…」

「『唯はメガバンクで、俺は外銀。マネーリテラシーが最強夫婦になるな』って言ったのは誰?」

「昔の僕だ。確かに唯と過ごした時間は楽しかったよ。それを恋愛感情だと勘違いしてた。でも、気付いたんだ。どちらかというと、友達と一緒にいて楽しい気持ちと同じだって」

「へえ、礼央の優秀なお友達と同じってこと?それは光栄ね」

「……唯は高校ではソフトボールで全国大会まで行って、現役でワセ法だろ。文武両道でお酒好き、上司としては最高だ。部下としても悪くない」

「でも私には色気がない。パートナーとしては失格。そう言いたいってことかな」

「その変に頭が回って先回りするところも嫌なんだよ。とにかく、お会計してくるから」

その場から逃げ出すように、礼央は立ち上がり、レジへ向かう。

私は目の前にあるグラスを見つめた。蕎麦焼酎が少し残っている。すっきりしていて、水のように飲みやすい。それをすべて飲み干した。これですっかりおしまいになったのだ。

― 人生初のペアリング。欲しかったな…。

帰りの電車で揺られながら、スマホでジュエリーショップの来店予約をキャンセルする。本当なら今日はホテルに泊まり、翌朝にはふたりでペアリングを選んでいるはずだった。そのために、明日は有休を取得していた。

しかし現実は、銀行の女子寮に向かう山手線に乗っている。明日は有休をキャンセルして、また支店に向かう山手線にいるはずだ。

『高学歴女子は、いい男と結婚したいなら、大学時代の間に見つけておけ』と世間で言われているのは知っている。

でも、当時の私はそんな話を信じていなかった。

学生時代は、周りにいわゆるハイスペの卵であろう男子はたくさんいたし、彼らとは楽しく過ごしていた。

だから、これまでどおり運動や勉強、仕事を頑張っていれば恋愛もうまくいくと思っていた…。

でも気付いたら、周りの男子は、私よりも学歴も低く、勉強や仕事をそこまで頑張っていない子とどんどん結婚していく。

― いい大学に入る方法は、塾で教わったけど、いい男を捕まえる方法も教えてほしかったな…。

これまでの私のアイデンティティーが否定された気分だ。

私は礼央のSNSやLINEをすべて削除した。元々SNSはあまり見ていなかったし、もう見ることもないだろう。これで悲劇は終わった。そう思っていた。

しかし、これは悲劇の序章にすぎなかったのだ。


翌朝、出勤してロッカー室にいると後ろから声をかけられた。

「氷室さん、おはようございまぁす」

振り向くと、綺麗に巻かれた巻き毛とバッチリメイクの女子が立っている。彼女は藤堂カンナ、同じ部署にいる一般職員で、まだ23歳の新人だ。

「うわ、氷室さんすごい疲れてますか?」

触れてほしくないところを指摘されて、胃が痛くなった。

「実は昨日、彼氏に振られたんだよね」

「あ、だから有休なのに出社してるんですね!氷室さん、素材は悪くないんだから、もっと女性らしい格好にしたらどうですか?黒髪ロングに、いつも黒のパンツスーツだと銀行員っていうよりまるで葬儀屋さんっていうかぁ」
「そんなこという?で、その手に持っている紙は何?」
「実は私、結婚するんです!これ結婚式の2次会の招待状です」

このタイミングで報告する藤堂のことが嫌いになりそうだったが、とびきりの笑顔を作って声を出した。

「そう。おめでとう!」
「顔引きつってますけど、大丈夫ですかぁ?彼はいいとこのお坊ちゃんだし、大企業で働いてるから、来ればハイスペ男性と出会えますよ」

その日は予定はないが、誰かの幸せを素直に祝える気分には到底なれない。

私は招待状を仕方なくデスクへ持っていき、引き出しの中に押し込んだ。

仕事をする数少ないメリットは、その間は嫌な出来事を忘れられることだ。18時になるまで、私は不愉快な招待状について頭から抹殺できていた。

しかし、それは長くは続いてくれなかった。


「お先に失礼します……あ。そういえば氷室さん、藤堂の結婚式の2次会行きますか?」

退勤間際に話しかけてきたのは、同じ課で働く、部下の一ノ瀬東也(とうや)。入行2年目の若手で、かわいい顔をした青年だ。爽やかな一面と優しさを持ち合わせている、支店で人気の慶應ボーイだった。

「どうして?」

「婚活してる女性に配ってるみたいだから。あの子は東大のサッカーサークルでマネジャーしてたから、優良株がたくさん来るんじゃないですかね」

「なんで女子大出身の彼女が東大でマネジャーなんてやってたの?」

「東大のサークルって、女子は東大生NGのところが多いんです。慶應にもありましたよ」

「あぁ、早稲田にもあったわ。他の大学の女子がやけに多い、インカレサークルが」

「そういうことですよ」

そう。つまり、そういうことなのだ。私は運動を頑張って、勉強もして、仕事も一生懸命やってきた。でも、どうやら私が今まで評価してきたものと、男から評価されるものは、まったく違っているらしい。

― でも、本当にそんなことあるか?この目の前にいる男子は、違うかもしれない……。

「ねえ、一ノ瀬」
「何ですか?」
「今から飲みに行かない?」
「え!?ふたりでですか?」

私がうなずくと、彼は目を見開いた。こげ茶色で、澄んだ瞳をしている。こんな綺麗な目の持ち主が、薄汚れた価値観に染まっているはずがない。そう思いたかった。

「うーん。今日はちょっと難しいですね」
「他に予定があるの?」
「です。今日は新卒の女の子たちが、丸の内本部で研修してるんで」

今度は私が驚く番だった。

「本部の同期が飲み会を組んでくれるかもしれなくて。僕、年下が好みなんですよね」
「…へえ」
「氷室さんがあと10歳くらい若かったら、狙ってたかもしれませんよ」
「うるさいな!」
「はは。じゃ、お先です!」

彼の小さくなっていくネイビーのスーツを見送った。

どうやら婚活というゲームで私には、学歴、職歴、見た目に加えて“年齢”という、不利な条件があるらしい。そう気付き、引き出しから、あの忌々しい紙を引っ張り出した。

― ……行ってみるか。

結婚式は1ヶ月後、大安の土曜日。婚活のルールが変わらないなら、自分が変わるしかない。

― まだ間に合うよね。

私は意を決して、ヘアサロンへ予約の電話をすることにした。


▶他にも:「3ヶ月で離婚なんて…」“好条件の男”と結婚してすぐに、別れを切り出された28歳妻は…

▶Next:10月10日 木曜更新予定
イメチェンした唯を、結婚式の2次会で待ち受けていたのは、衝撃の……

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この記事へのコメント

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No Name
『バチェロレッテ・ジャパン』で、東大工学部卒の元キャリア官僚女性が残念な結果に終わって一時話題になったのを参考にしたような印象。
にしても28歳で婚活に不利にとか思わなくていいのにねぇ。一ノ瀬も藤堂もキモいしうざい。
2024/10/03 05:2625
No Name
平成の初期頃に婚活してた、いわば唯のお母さん世代が読んだら面白いとか共感出来るとか思うのかもしれないけど。
高学歴女子の皆さんにケンカ売ってるみたい。
2024/10/03 05:4025返信1件
No Name
価値観古い
2024/10/03 06:3524
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