2024.05.25
アオハルなんて甘すぎる Vol.17― す、素直すぎる。
今すぐ会いに行きたいその彼女は…まだあの、人妻だという年上の女性なのだろうか。
そういえば彼女の話はしばらく聞いていなかったし、その気配を感じることもなかったなと思ったりしている間にも、大輝くんの大きな体からは、今すぐ飛び出したいといううずうず感がだだ漏れしまくっている。
そんな状態で、ここに留めておくのは気が引けるしかわいそうだ。
「…私は全然。行ってもらって全然いいんだけど…」
雄大さんは?と、私が雄大さんの方を向こうとした瞬間、ありがとう宝ちゃん!!と大輝くんが勢いよく立ち上がり、その勢いのまま私を抱きしめた…と同時に、私の頬でチュッと音がした。しかも2回、つまり両頬に。
― ちゅーされた!?
私が衝撃に固まっている間に、大輝くんの背中があっという間に遠ざかっていく。呆れたような雄大さんの溜息に少しだけ我に返り、雄大さんに聞いてみた。
「…今、私、キスとか…されま、した?」
雄大さんは溜息モードのまま、さっきのはキスっていうか、あいつが興奮したときの癖、とこともなげに言った。
「フランス式に言うと、ビズ、ってやつ。親愛の情以上の意味は全くないから気にすることない」
気にしますよ!こっちはようやくハグに慣れたばかりなのに、ここへきてキス。そりゃ確かに海外では挨拶です。でもなぜビズ?なぜフランス語!?…と混乱のまま気がついた。
― 雄大さんと2人きりになってしま…った。
一気に気まずさが増した。そう思うと、最近の自分がいかに、大輝くんがいてくれること、大輝くんの存在に甘えていたのかを自覚せざるを得ない。
でもここからは、自分でなんとかするしかないのだ。焦りの中で言葉を探しているうちに、雄大さんが咳払いをした。
「…謝るのは慣れてない」
呟かれた言葉に驚くと…なんともバツの悪そうな、照れたような、でも不機嫌にも見える、そんな形容しがたい表情で雄大さんがこちらを見ていた。
― こんな顔は初めてみる…。
雄大さんは、もう一度小さく咳払いをしてから言った。
「オレが間違ってた。…ごめん」
― え…?雄大さんに謝られた?
そんなに驚く?と雄大さんが苦笑いした。
「…愛からも大輝からも話は聞いた。正直なことを言うと、オレは今も、宝ちゃんが最初にとった行動は間違ってると思う。愛と一緒に、あの元旦那について行っちゃったこととかね。あれは無謀すぎる。でも…」
そこで一度言葉を止めてから、雄大さんは続けた。
「無力を自覚しろとか、必要なのは冷静な作戦であって、感情論は不要とか…そんな風に言ってしまったことを謝りたい。オレが間違ってた。
今回は、宝ちゃんの感情的な行動にタケルくんが揺さぶられた。その結果、問題があぶり出されたし、タケルくんは素直になることができた。つまり宝ちゃんの感情論がタケルくんを救ったんだよね。そして愛も救われた。たまたまの結果だったとしてもそれが事実だ。
俺も愛も、宝ちゃんをひどい言葉で傷つけた。ごめん。そしてありがとう」
まさか、そんなことを言ってもらえるとは。私は驚きのまま言葉を発することができなかった。
雄大さんがグッとグラスのラムを飲み干し、次を注文した。今日ちょうど新しいラムが入荷したんで、それを試してもらってもいいですか?と聞いた店長さんに、雄大さんが短く頷く。しばらくすると店内のざわめきをBGMに氷を砕く音が響き始めた。
「宝ちゃんとこの店で初めて会った時にさ。覚えてる?オレが、やりたいこと10個教えてって言ったこと。金がかかることでもいいよって」
「はい、もちろんです」
「あれ、ちょっと試すというか意地悪な気持ちがあったんだよね。その10個で、宝ちゃんの欲望を見定めようとしたっていうかさ。
この辺りで生活してると、若い子たちが沢山寄ってくるんだよ。有名人や権力者を紹介して欲しいとか、金銭的な援助を求めたり、ステップアップの道具としてオレたちを利用しようとする子たちがね。
まあ、無防備な強欲さは若さの特権ともいえるし、野心がないと経済は回らないわけだから一概に悪いともいえないけど。強欲に囚われるのは恐ろしいよ。もらうことが当たり前になると利用価値のありなしで人を判断するようになしね。
最初は宝ちゃんのこともそんな子たちの1人なんだろうなって思ってた。失恋して引っ越してきたとか、人生変えたいとかもウソ臭いと感じてたしね。それは作戦かも、この子純朴そうな雰囲気も演出なのかもって正直疑ってたよ」
― つまり雄大さんは、私がウソをついていると思っていたということ?
その衝撃に驚いていると、でもね、と雄大さんが続けた。
「でもね、宝ちゃんって、あきれるくらいなーんにも裏がなかった。ちょっと危なっかしくて心配になるくらい、本当にただのいい子ちゃんだった」
「……さすがに褒められてないのわかりますよ」
少しムッとしてそう言うと、雄大さんの笑いが大きくなった。
「オレなりに、褒めたつもりだよ。宝ちゃんのいい子ちゃんっぷりというか、無防備さは本物で信用に値する。その上で改めてよろしくお願いしますって感じなんだけど」
「え?」
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