2024.06.19
マティーニのほかにも Vol.5◆
「ヒデ〜!Hey I'm back!おまたせ〜」
「おせーよ、リサ」
「Oh〜, you miss me, right? ごめんね、遅くなっちゃって」
夕日が沈む午後8時頃。
業務を終えた橘が、セントラルパークからほど近い老舗のレストランバーで、リサを待つのはいつものことだった。
3歳年下のリサは、いつも少し遅れて待ち合わせに現れる。2人が初めて会った日本人コミュニティの飲み会でも、遅刻してきたリサは目立っていた。
いや、リサが目立ったのは、遅刻してきたからというだけではない。
日本人とアメリカ人のミックスで、ブロードウェイ女優の卵として活動するリサは、どんな場所でも人の目を惹いた。
透き通ったアンバーの瞳に、エキゾチックなブルネットの髪。ミステリアスな薄い唇…。
なにより、自身の未来を信じて疑わないキラキラとした表情が、リサという女性の美しさを何倍にも増幅させていた。
橘の隣の席に腰を下ろしたリサは、大袈裟にため息をついて髪をかき分ける。
「あー!お腹すいたぁ」
「今日もこの時間までダンスのレッスンだったんだろ?オーディション、通るといいな」
「Thanks、ダンスは演技の基本だもの。私、次の舞台こそ絶対受かってみせるって決めてるの!いい?ヒデ。未来を掴むために一番大切なのは基本よ、基本」
一端の女優のように胸を張るリサを眩しく感じながら、橘は促す。
「OK、OK。で、何飲む?」
「ヒデは何飲んでるの?って、聞かなくてもわかるけど。
マンハッタン…でしょ?」
リサが言う通り、橘がこのバーで頼むカクテルは、いつだってマンハッタンだった。
ウイスキーとスイート・ベルモットの甘みと、アンゴスチュラ・ビターズの香りが引き立てる都会的なカクテル。グラスの縁にはマンハッタンの夕日のように、真っ赤なチェリーが沈みかけている。
今いる場所の名前がついているから…と安直に注文してみたのがこのカクテルとの出合いだったものの、今ではすっかり橘のお気に入りになっている。
けれどそんな単純な出合いを、リサは決まって面白そうに笑うのだった。
「ほんと、ヒデって簡単だよねぇ。マンハッタンに住んでるから、マンハッタンが好きなんて。It’s sooo funny」
「美味いんだからいいだろ。そういうリサだって、わかってるんだぞ。お前なんて、飲めなくてノンアルコール注文するくせに」
「私は飲めないんじゃなくて、飲まないの!女優として、いつでも健康には気を使わなくちゃ。Hi, can I have a Shirley Temple?」
そうバーテンダーに注文しながら、リサは片手で橘のマンハッタンのチェリーを掠め取る。
そして、チェリーの窃盗被害に憤慨する橘をなだめるように、リサの方から優しいキスをして──。
それが、橘とリサの、いつものデートのお約束なのだった。
橘がニューヨーク駐在員になって3年。リサとの関係は、もうすぐ1年が経とうとしている。
日本式に、はっきりとした告白があったわけではない。かと言って、アメリカ式に堂々とI love youと囁き合うわけでもない。
日本とアメリカの消極的な部分を掛け合わせたような、曖昧な関係だった。けれど、2人の間には確かに特別な愛情があった。
なにより、いまいちここニューヨークでの仕事に情熱が持てず、ダラダラと日々を過ごしてしまう橘にとっては、リサはただの恋人というだけではない。
女優という夢に向かってまっすぐ進み続けるリサの存在は、眩しくて、尊くて、尊敬に値する存在だったのだ。
ふたり席を並べてグラスを交わすバーからは、夕日に染まる美しいセントラルパークが見渡せる。
― ああ、いつまでもこうしていたいな。リサのそばで、彼女の光を浴びていたい。
マンハッタンのチェリーをイタズラっぽく口に放り込むリサが、無性に愛しくて…28歳の橘は、ひたすらそれだけを祈っていた。
リサのそばにいたい。キラキラと輝くリサの夢を、ずっと隣で見ていたい。
けれど、その夢は長くは続かなかった。
出会ってちょうど1年の歳月が経とうという頃──。
橘に、帰国の内示が出た。
橘の海外赴任時代の気持ちと、家族を持った今の気持ちも、それくらい切り替えられているのだろうね。
次回は、12年前は女優の卵だったリサの話。素敵な女優になっていたらいいな。
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