2024.05.22
マティーニのほかにも Vol.2「おいおい、またかよ…。いらないって何度も言ってるだろ」
太子堂の小洒落た単身者用マンションで、翔平の部屋の玄関前に置き配されていたのは、およそ40cm四方のダンボール箱だ。
メタリックでシックな玄関ドアに似合わない、眩しいほどに黄色いダンボール。
側面には昭和感丸出しなフォントのみどりの文字で、でかでかと「はっさく」と書かれている。
「重っ…」
10kg分のはっさくは持ち上げるとずっしりと重く、表示された量よりもずっと多いように感じる。
やっとのことでキッチンの床までダンボールを運んだ時には、ほろ酔いのいい気分はすっかり消え去ってしまっていた。
むしゃくしゃした気持ちを落ち着かせるために手早くシャワーを浴びると、翔平は、幾分か落ち着いた頭をバスタオルで拭きながらダンボールを開ける。
ダンボールの中には、所狭しといった様子でごろごろとはっさくがひしめいていて、翔平を無性にイライラさせた。
イライラの理由は、男の一人暮らしで10kgもの果物を消費できるわけがないという絶望だけではない。
ましてや、それを何度伝えても毎年こうして同じことを繰り返してくる、物分かりの悪い母への憤りだけでもなかった。
「ハァ…。箱開けてるだけで実家の匂いするわ」
翔平の実家は、はっさくの名産地である和歌山だ。市内の進学校から慶應大学に進学したのは、もう7年も前のことになる。
けれど翔平は、7年という月日が経った今も、「地方出身者である」というコンプレックスを拭うことができないでいた。
それは、大学1年生の時。当時片思いしていた内部進学の女の子と上手くいかなかったことに、深いトラウマがあるからなのだった。
「あ…翔平くんが言ってた美味しいイタリアンって、ここ…?あー、うん。美味しいよね」
初めてのデートで張り切って連れていったイタリアンレストランが、チェーン店だったときの恥ずかしさ。
「翔平くん。道、多分こっちだと思うよ。わかる〜、渋谷って難しいよね」
渋谷をブラブラするだけのデートで、彼女にエスコートしてもらったときのいたたまれなさ。
そしてついには、初めて自分の部屋に彼女を招待したときのこと。
どうにかいいムードを作って、菊名のアパートまで来てもらった夜。玄関に存在感たっぷりに鎮座する黄色いダンボールを、じっと見つめる彼女の目線に、翔平は戸惑った。
「あ、これ?俺の田舎のはっさく、母さんが送ってきてくれたんだ。美味いよ、いま剥くから食べよっか」
そう言っていそいそと台所に立ち、はっさくの皮を剥き始めた途端、彼女に言われたのだ。
「ううん…大丈夫。ごめんね。翔平くん、なんかちょっと思ってたのと違うかも」
「え?違うって…何が?」
「うーん…。なんていうか…あ、てか、今から先輩が車でこっちまで迎えにきてくれるらしい。
なんか…翔平くんもあたしみたいなのじゃなくて、感覚似た人探したほうがいいと思う。じゃね」
伏し目がちにスマホを操作していた彼女は、そう言ってあっという間に部屋から出て行く。
その時の彼女の横顔に、蔑みにも似た半笑いが浮かんでいたことを、翔平は見逃さなかった。
そして、この時初めて理解したのだ。
たとえ趣味や好みが似ていたとしても、生粋の都会生まれと田舎育ちとの間には、言葉にはできない大きな隔たりがあるということに。
― くそっ、バカにされてたまるか!
その時の悔しさをバネにして翔平は、センスを磨き、遊びも経験し、勉強もそつなくこなして、就職をも成功させた。
今では、大手総合商社の営業マンとして悪くない活躍をしている。もし今あの時の子とデートをする機会に恵まれたとしても、見下されるされることはまずないだろう。
だけど、順風満帆な東京の男になった今でも、翔平は時折ふと、まるで迷子になってしまったような孤独感に襲われることがある。
こうしてはっさくのダンボールが届くと、否が応でも突きつけられる本来の自分。
「垢抜けない、田舎者…」
そう言いたかったであろう、彼女の薄笑いが思い出され──。
翔平は、ダンボールの蓋を乱暴に閉めると、くさくさした感情にも蓋をするようにベッドに潜り込むのだった。
和歌山にもファミレスの類いは多くあると思うから、ラ・ボエムとかそんな感じのお店だったのかな? でも18-19歳ならちょうど良さそうなのに。はっさくをダサいと思うのもおかしいし。でもコンプレックスの象徴とも言えるミクソロジーカクテルと瑠美もおかげで前向きになれてなんだか微笑ましかった♡ 次は瑠美だけど、早紀子&翔平の今後も是非読みたい。
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