今日、私たちはあの街で Vol.12

有楽町のパスポートセンターに行った帰り、日比谷で思わぬ出会いが…。34歳女の人生が激変したワケ

そう思いながらはや1年。

バツイチの孝一はなかなか結婚に踏み切らず、「今の生活が幸せ」と言って話をはぐらかしてくる。

しかし直子は、29歳から34歳の女性にとって大事な6年間を、孝一と過ごしたのだ。

周囲からはすっかり結婚を期待されているし、直子自身、授かり物とはいえ出産も諦めきれない。

― 学歴も経済力も申し分のない孝一と、どうしてもこのタイミングで結婚したい…。

そう考えると、心中は穏やかでいられない。

「以前から、結婚したいという意思は伝えてる。それにカンクンはハネムーンの聖地だし…もしかしたら…。ううん、きっと…」

青く美しい海と純白の砂浜。波音を聴きながらのプロポーズ…。

爽やかなミントのモクテルを口にしながらビーチの写真を見つめ、直子はカンクン旅行への期待で胸を膨らませるのだった。


カフェを出て時刻を確認すると、16時。

「まだ夕飯まで時間あるなぁ」

ふらふらと階上へ出ると、日比谷ステップ広場が色とりどりのアーティフィシャルフラワーに彩られている。

近くで作品を見ようと大階段へと近づくと、ドイツ語で電話をしている青年に目が留まった。

― 何か困ってるみたい。声をかけたほうがいいかな…。

大学でドイツ語を専攻し、クラシックや哲学の好きな直子は、今もドイツ語を話すことができる。

電話を切ってため息をついた青年に、直子はドイツ語で声をかけた。

「あの、何かお困りですか?」

「わっ!ドイツ語が話せるんですね。実は…」

話を聞くと、シンポジウムの会場がわからず、広場で立ち往生しているのだという。

「会場は、『Q HALL』ね。そういえば…」

直子が以前6階の空中庭園を散策した時に、同じフロアに『BASE Q』と呼ばれるエリアがあった。

会場までの道案内を申し出ると、青年がほっとしたように顔を綻ばせる。

「ありがとう。それにしても…ドイツ語が流暢とは珍しいですね」

「大学で勉強して、今もドイツ文化が好きなんです」

「そうなんですね!嬉しいな。逆に僕は日本文化が大好きで。春から、日本で働くことになったんです」

6階までの道すがら、ドイツ語の心地よいテンポに話が弾む。

無事『Q HALL』に到着すると青年は感謝の言葉を述べ、青色の瞳をまっすぐ直子に向けた。

「僕はアルノーといいます。せっかくのご縁なので、よかったらまた会いましょう」


その夜、直子が部屋でくつろいでいると、アルノーからメッセージが届く。

『直子さん、今日はありがとう。出会えてよかったです』

『こちらこそ。思いがけず楽しい時間でした。シンポジウム、間に合った?』

返信にはすぐに反応があった。シンポジウムの感想から始まり、日本での新生活、互いの仕事について…と、チャットのように会話が続く。

ひとしきり盛り上がったあと、パソコンを閉じてバスルームへと向かうと、鏡に映る自分の口角がキュッと上がっている。

― うん。今日はいい日だったな。

長らく忘れていたワクワク感。新しい出会いと、彼…アルノーを知っていくことへの小さなときめき。

この気持ち…もしや浮気に近い?と自問したところで、ふと思う。

― そもそも私、なんで今、部屋にひとりなんだろう…。

本当は今夜は孝一と、旅行の計画がてら夕食を共にする予定だった。

しかし、夕飯時になって孝一から来たのは、『休日出勤、緊急対応で遅くなりそう。先に食べてください』という簡素なLINE。

― 同棲1年目で、さすがに浮気はないと思ってたけど…。

最近の孝一は、遅く帰ってくるとしばらくスマホを触っている。今までになかった国内出張も増えた。

コロナ禍でワークスタイルが変化した、という孝一の言葉を信じていたが、あらためて振り返ってみると気になることばかりだ。

― そもそも証券会社の仕事って、スマホでできるの?

胸の中に小さな点のように生じた疑念が、じわじわと広がっていく。どうにか気を紛らわそうとスマホを手に取ると、通知が鳴った。アルノーだ。

『来週、食事に行きませんか?』

異性からの食事の誘いなんて、何年ぶりだろう。

嬉しさを感じつつも、直子は孝一と同棲中の身だ。一瞬返事をためらうものの、すぐに今自分が置かれている状況を思い出す。

― 毎晩、孝一からのLINEにがっかりするだけの夜を過ごしてるんだもの。たまには男の人と食事くらい…行ったっていいよね?

『お誘いありがとう。ぜひ行きましょう!』

この記事へのコメント

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No Name
青年? アルノー確かアラフォー世代だった気がする。若見えするにしても青年て....24歳位までかと思ってたけど。 それにデート?!と思わせて彼女も同席してた展開も嫌だなぁ。恋愛始まるかもと、ぬか喜びしてた直子がバカみたいじゃん。
2024/05/07 05:3432
No Name
どうしてカンクン旅行キャンセル?せっかく二人になれるチャンスだし今まで我慢していた分、腹を割って話せばいいのに。思ってる事や疑ってる事とか何も言わずに別れる展開、東カレでよくあるけど、6年も付き合ってそれは無いと思ってしまう。
2024/05/07 05:2430返信5件
No Name
6年付き合った年収4,000万円の同棲している彼と別れるのは相当覚悟がいるよなぁ〜
2024/05/07 07:0728返信3件
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