2024.04.06
報われない男 Vol.8「タクシーで、10分くらいでホテルっぽいですけど、もう少し歩きませんか?」
2時間程かけて公園内を回った後の大輝の誘いに京子は乗ることにした。コンビニで温かいお茶と、寒くなった時のためのカイロを買い、携帯のナビを頼りに歩き始める。
視界がまだうっすらとピンクな気がする、と桜の余韻を感じながら歩く夜道は、22時を少し回ったところだったが、どこもかしこも明るい東京に慣れている2人にはとても暗く感じた。
歩道の車道側を歩く大輝の向こうを、時折車が通るものの交通量は多くない。その静けさに、ここ1ヶ月程の騒がしかった日々がどこか遠くに消えたような安堵感を覚えた京子はふと、大輝に尋ねた。
「…変なこと、聞いてもいい?」
「なんでもどうぞ」
「…どうしてあの日、私に好きだと言ったの?」
京子の質問に大輝は驚いた顔をして、それは、オレの言葉が信じられないということですか?と聞いた。
「信じられないというよりは、不思議だなって。私はあなたに好かれるようなことをした覚えもないし、特別に興味を引く容姿ではないから」
京子さんはキレイです、と不満そうに言った大輝には反応せず、京子は続けた。
「とびきり容姿のいい男性が私のことを好きになるはずがないとか、年の差があるからありえないとか、そんな理由で自分を卑下してるわけじゃなくて、私は結婚しているでしょう?」
既婚者に好きだと言える情熱がどこから来たのか知りたい。その感情の源を聞いてみたい。そう言った京子に大輝は言葉を迷う。京子はきっと美里と大輝を重ねている。それでも結局は正直に答えることにした。
「本来なら伝えるはずのなかった思いです。好意を伝えたとしてもそれはあくまで、先生と生徒という範囲でとどめるつもりだったし、恋心として伝えることなんて考えてもいなかった」
確かに、大輝は京子が大学に来るたびに、大学でのランチや食事を一緒にとは言っていたけれど、連絡先を教えて欲しいなど、京子のプライベートに踏み込んでくることは一度もなかった。
「じゃあいつから恋をしていたのかと聞かれると、難しいんですけど」
大輝はそう言って続けた。
「京子さんの言葉が刺さった。その時のことはすごく覚えてます」
それは、京子の講義を受け始めて半年たった頃のことだった。京子が生徒たち全員にショートムービーの脚本の課題を出し、その批評と添削を1人1人個別に受けることになった。
「私は脇役の、この女の子の孤独が、とても愛おしく感じました」
その京子の言葉に大輝はとても驚いた。大輝の脚本は、高校生の群像劇で数人の思いが絡まるラブストーリーだったが、京子が指摘した脇役の女の子、クラスのお調子者のキャラクターに、大輝は自分の孤独を投影していたからだ。
「幸せの形が色々あるように、孤独の形も人それぞれです。あなたの脚本は、人それぞれの孤独の形を認めて、声を上げられない人の寂しさをぎゅっと抱きしめてあげているようで、とてもやさしくできていました」
京子は、大輝がそのキャラクターに自分を投影したことまでは、気がついていないようだった。それでもその言葉は、大輝の胸を刺した。誰にも言えなかった自分の孤独を理解してもらえたように思えた。
それでも最初は、京子の言葉が自分に響いたのは、長い間、門倉キョウコという脚本家の大ファンだったからだろうと思った。
でもその後…京子の言葉足らずで不器用だけれど真っすぐな言動も、本人が特別じゃないと評する容姿も、何かと気になるようになり、京子の授業が今まで以上に楽しくなった。その思いが膨れ上がり、ランチを一緒にと初めて誘ったのがいつだったのか、もう覚えていない、と大輝は照れ笑いの顔になった。
「さっきも言いましたけど、伝えるつもりはなかったんです。でも京子さんが泣いているのを見たら、どうしようもなくなって…言葉が溢れました。裏切りなんかのせいで、自分の価値を見失って欲しくなかった。だからあなたを好きな男がここにいる、あなたは素敵な人だと言いたくなって。
でも、もし時が戻せて…止められるなら、ご主人の裏切りを止めたいです。オレの思いを伝えるチャンスが消えたとしても、京子さんが傷つかない方がいい」
じゃあもしあの日、私が頼らなければ?と聞いた京子に、きっと今も、伝えてはいなかったと思います、と大輝は笑った。
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