2024.04.06
報われない男 Vol.8「弘前公園のさくらまつりって、日本三大夜桜って言われてるらしいですよ」
事前のリサーチに基づく情報をしゃべる大輝に、なるほど、と頷く京子との間には思ったほど色っぽい空気は流れない。それでも、弘前城を中央に据えた広大な敷地にライトアップされた膨大な数の桜の木々は日本三大夜桜という名にふさわしく華やかで、大輝は浮足立った。
屋台でたこ焼きを買って、京子が猫舌なことを知った。2本の桜の枝が重なり、空にハートが描かれているように見えるスポットで写真を撮ろうとした時には、何回トライしても京子の表情がぎこちなく、それを大輝がからかい、笑いあった。
途切れることがない人波の中では、はぐれぬようにと手をつなぐことが必然に思えて、手をつないだり、離したり。そのうちに、人にぶつからぬようにと、時々大輝が京子の肩を抱くことも、顔を近づけて喋るその距離も、ごく自然になっていった。
「ボートに乗りたかったな」
弘前城の西堀を両側から覆うように並び立つ桜が水面に映り、美しいのは夜だからこそ。でももし昼間なら、その川面を京子とボートで過ごせたのにと大輝は少し残念に思ったが。
京子は、その夜ならではの美しさを…花びらが水の流れに薄紅の絨毯のように浮き、ライトにきらめく様子を立ち止まって見つめている。それを急かすことなく待っていた大輝の視線にしばらくして気づいた京子は、照れたように言った。
「ごめんなさい、さっき私、すごく子どもっぽいこと言ったよね」
35歳になるのにね、というその言葉が、恋とはどんな感情かを教えて欲しいと言ったことを指すのだとわかって、大輝は、子どもっぽくてもいいじゃないですか、と答えた。
「オレもよく下手だって言われてますよ。恋愛」
「…よく?意外すぎるね」
「向こうからきてくれると楽っていうか。正直、ライトな関係ならいくらでも上手くこなせるんですよ。でもなかなか…」
自分からどっぷりハマると加減がわからなくなるということを、京子の前で口にするのは気が引けて大輝は話題を変えた。
「京子さんは、恋の感情が知りたいって…なんで思ったんですか?」
「どういうものか知らないのかも、って気づいちゃったから」
「…それは…ご主人に対しては恋じゃなかったと?」
「どうだろう。……恋愛経験が少なくて、ほぼ彼しか知らないから机上の空論的になりがちで。私が思う恋はリアルじゃなかったのかもしれないって反省したの。恋愛で傷ついた記憶もないなぁって」
30半ばで気づくことじゃないんだけど、と笑った京子に大輝は、今、十分に傷ついてるじゃないですかという言葉を飲み込み、言った。
「京子さんが反省するんじゃなくて、相手を責めてもいいと思うんですけど。悪いのは、どう考えても浮気した旦那さんで、その相手なんですから。文句ならいくらでも聞きますよ」
大輝の言葉に答えず、ただ微笑んだ京子の髪にヒラヒラと数枚の花びらが舞い落ちる。それをつまんで外した大輝にお礼を言った京子が、行こう、と歩き出した。
日本一古いと言われるソメイヨシノ、ヤエベニシダレと呼ばれる枝垂桜、オオヤマザクラと呼ばれる野生種など、2,600本もの様々な種が咲き誇る公園内を回りながら、あ、と大輝が足を止めた。
「これ、京子さん好きそう」
真っ白な花びらの桜。大輝が携帯の植物名を調べるアプリで写真を撮ると、オオシマザクラという名前だった。
オオシマザクラの花びらは白くて一重だった。濃淡はあるものの桃色で、種によっては幾重にも花びらを重ねて咲き誇る周囲の桜と比べると、一見地味にも見える。だが。
― 確かにこの桜、好きかも。
そぎ落とされた美というか、凛としている。そんな自分の好みを大輝が言い当てたことに京子が感心していると。
「あ、桜餅の葉は、このオオシマザクラの葉を塩漬けにするんだって」
携帯を見ながら言った大輝を、京子は、美味しそうだけど、情緒がぶち壊しね、と笑った。
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