2024.03.09
報われない男 Vol.5まあ、お2人は演出しなくてもラブラブですよね、と付け足したカメラマンの声に、撮影スタッフがドッと笑ったが、京子は愛想笑いが精一杯だった。いつもならこういう時、写真を撮られることが苦手な京子を崇がリードし、リラックスさせてくれるのだが、今日はそれがない。
京子をみつめる崇の表情は固い。カメラマンに、監督、珍しく緊張しちゃってます?いつもみたいに奥さんにじゃれていいんですよ、と茶化されてもその表情は崩れず、結局…崇のギブアップにより、≪見つめ合うラブラブ夫婦の写真≫は撮れぬまま写真撮影は終わった。
門倉夫妻と付き合いの長いカメラマンは言葉に遠慮がない。もしかして夫婦喧嘩中ですか?なら早く謝った方がいいですよぉ~と突っ込みを入れられ、崇が苦笑いしている。
「映画、楽しみにしてます。久しぶりに門倉夫妻がタッグを組んだ作品ですからね」
カメラマンの言葉に、京子は、この映画を作り始めたのはいつだったか…と記憶を辿る。
― 確か…4年前?
未来から届いた手紙に端を発するこの映画の企画を思いついたのは京子だった。崇に話すと、さすがキョウちゃん!と乗り気になり、2人でアイディアを練って企画を固めた。その後懇意にしているプロデューサーに、京子が書いたプロットを持ち込むと映画化が決定し、今日に至るのだ。
映画を作るには長い時間を要する。この映画の企画を思いついた4年前には、想像もしていなかった状況に、陥っている今を思うと、何とも言えない気持ちになる。
― 次の4年は?4年後の私と崇は…どうなっているのだろう。
撮影を終え、タクシーで自宅に戻った。
自分の家だというのに、リビングのソファーに座る崇は、どこか居心地が悪そうだった。その様子を盗み見ながら、京子はコーヒーメーカーに豆を入れる。
崇が気に入っているペルー産の豆が削られていく音の中で、何から話そうかと頭を整理していく。
「落ち着かないみたいだね。居心地悪い?」
L字型のソファーの角に座る崇に、コーヒーを渡しながらそう言うと、崇は唇をかんだ。その視線が気まずそうに落ち、京子は、自分の言葉がイヤミに聞こえてしまったのかもしれないと後悔した。
崇と向き合える位置に座り、小さく深呼吸をしてから言った。
「…なんで帰ってこなくなったの?」
ゆっくりと顔を上げた崇が、伏目がちに答える。
「離婚したくなくて」
「…どういうこと?」
「キョウちゃんと会ったら、離婚して、と言われると思って。だから電話もLINEも怖くて返せなかった」
京子は、盛大に溜息をつきたい気分になったけれどそれを我慢し、答えた。
「…私だって離婚したくないよ」
信じられないという表情になった崇に、本当だよ、と言ってから京子は続けた。
「カドくんが私のことを1番大事といってくれたように、私だってカドくんが大事だし、これからも一緒にいたいと思ってる」
「…」
「…私はカドくんのことが…その…好きなんだなぁって…今回のことで気づいたから」
崇への想いをはっきりと口にしたのはいつぶりだろう。自分の想いを言葉で伝えることが苦手な京子だが、今日は精一杯、素直に伝えると決めていた。
「私はカドくんとやり直したい。だからウソは絶対つかないで。正直に答えて欲しい」
しばらくの沈黙の後、崇が小さく頷いた。
「美里さんが来たよ。私のところに」
「…聞いた」
「聞いた?……ということは、彼女とはまだ会ってるの?」
京子の質問に崇は黙り、手を組むと親指をこすり合わせた。それは、言葉を選ぶ時の崇の癖だった。
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