2024.01.24
誰にも言えない夜 Vol.11
「お待たせ。じゃあ、僕もビールを…」
「あ、もう注文してるよ。さっきもうすぐ着くって言ってたから」
「お!気が利くね。サンキュー」
そんな会話を交わした後、僕たちはいつも通り楽しく飲み始める。
ただ、いつもと違うのは、珍しく華に元気がないことだ。僕がそれに気づき「なんかあったの?」と尋ねると、華は悩みを打ち明けてくれた。
最近雇ったスタッフの評判が良くないこと、そのせいで大事な顧客も何人か離れてしまったことなど、経営についても問題がいくつかあるようだった。
特にやりたいこともなく、なんとなく総合商社に入社した僕は、具体的に彼女に解決策を提案できないことが歯がゆかった。
「ありがとう。ちょっとスッキリした!」
でも、華は僕に話したことで、少し元気を取り戻したようだった。
「そういえば、私引っ越したんだよね」
「そうなの?」
「うん。西早稲田から中目黒に。好きな街に住むのが目標だったからね」
― かっこいいなぁ…。
僕は、若いのに行動力のある華に感心しながら、鶏モモをビールで流し込んだ。
「よかったら、このあと新居に遊びに来ない?」
店を出ると華が言い、その誘いを僕は断れなかった。
望美のことは大事だし、いつか結婚しようと思っている。でも、目の前にいる華に惹かれていることも確かで、その気持ちに嘘はつけなかったからだ。
「おぉ、外観から想像つかないくらい中は綺麗だね」
「そうなの。大家さんが去年リフォームしてくれて。すごく好みなんだよね」
僕たちは互いにドギマギしながら、小さいソファに腰を下ろす。
そして、華が用意してくれた缶ビールに手を伸ばしたタイミングで、華の唇が僕に触れた。
「…ごめん」
華の言葉を、今度は僕が塞ぎ彼女を抱きしめる。そこからは、もうほとんど衝動的に華を求めた。
不思議と罪悪感や後悔はなかった。
僕のその思いがそうさせたのだろうか…。
数ヶ月後、華の妊娠が発覚した。
◆
「だから、二股とかじゃないんだよ。たまたまその日彼女の家に行ってしまって…」
僕はひたすら望美に説明をした。
「ただの飲み友達と、酔った勢いで?」
「うん…」
本当は、華に好意があった。だからある程度の覚悟を持って男女の仲になったのだ。
でも、そんな本音を言えば、望美を傷つけてしまうだろう。
望美は、いつの間にか緑茶ハイを飲んでいた。
6年も付き合った彼氏が、他の女を妊娠させ結婚すると言っているのだ。逆の立場でも、酒がなければやってられないだろう。
「今、妊娠何ヶ月なの?」
しばらく沈黙が続いた後、望美が口を開いた。
「えっと…何ヶ月なんだろう。7週って聞いてるけど。心拍も確認できたみたい」
僕もまだ、父親になるなんて信じられないし、実感がない。でも、華が産むと言うので、近いうちにプロポーズをするつもりだ。
「予定日は?」
「9月の前半かな」
「…そっか。秋には智也はパパになるのか…」
「望美には、本当になんて言えばいいか。いくら謝っても足りないよな」
「うん。今すぐには無理だけど、現実を受け入れるよ。今までありがとう、それとおめでとう」
望美が声を震わせながら言う。
「智也とは一生旅行しないって言っちゃったけど、まさか本当にそうなるとはね…」
不意に笑顔を僕に向けるから、ドキっとする。
― あれ。望美って、こんなに可愛かったっけ…。
100対0で僕が悪いのに、円満な別れのような対応をしてくれる望美に、僕はいたたまれなくなった。
華を妊娠させてしまった“あの夜”、僕が華に抱いていた気持ちは、望美にも言えなかったし、他の誰かにも言うことはないだろう。
それが、僕にできる望美への最後の敬意だ。
『Hana♡:ちょっと、どこにいるの?今すぐにりんごを買って帰ってきて!』
望美と別れた後、華からは大量のメッセージが届いていた。
― うっ…。
僕は一瞬ひるんだが、気持ちを切り替え、りんごを買うためにスーパーを目指した。
今、守らなければならないのは、僕の子を宿している華なのだから。
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元夫との夜が楽しくて…
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