僕だけの『キャンティ物語』を探して。麻布競馬場による4号連続書き下ろしエッセイ vol.04

いつの日か、僕は“彼ら”のようになれるだろうか?


永遠に続くものはこの世に存在しない。

どんな繁盛店でも何かの事情で閉じなければならないこともあるし、お客さんだって、経済的な理由や健康上の理由で二度とそのお店に通えなくなることもある。

だから、“ケルミス”みたいなお店を見つけて、そこに通えているという事実は、もしかするとちょっとした奇跡なのかもしれないと、僕は最近たまに考える。

いい店がある。それを見つける。そこに通える余裕があって、そこでたらふく飲み食いできる体がある。そこに誘える気楽な友人や愛しいパートナーがいる。

それらがすべてそろってこそ、東京カレンダーの港区特集号のページの上に踊る艶やかなシーンが実現するのだ。


いつの日か、僕は彼らのようになれるだろうか?

彼らというのは、あの日キャンティにいた3人組のことで、『キャンティ物語』に描かれた日々のことをこの目で見たわけではない僕にとって、彼らこそが僕にとっての“キャンティ”そのものだった。

そういえば、今月末に仲良しの港区おじさんふたりを連れて、“ケルミス”に行く用事がある。

そういえば、“ケルミス”のコースには時折、全粒粉の細うどんに大葉ベースのジェノベーゼソースを合わせたものが出てくる。


気心の知れたおじさんが3人カウンターに並んで、序盤くらいは仕事の相談なんかも真面目にやって、そのあとは最近あった馬鹿馬鹿しい笑い話を交換しながら「旨い旨い」と言いながらうどんを啜れば、それは僕にとっての『キャンティ物語』になるかもしれない。

残念ながら、僕はこの港区においてまだ何物でもない。

若き才能と呼ばれるには成果は足りないし、そもそも若さもかなり失ってしまった。厄介なほどの美食哲学を積み上げるための道も、まだまだ長く険しいに違いない。

僕が『キャンティ物語』の登場人物を名乗るには生意気が過ぎるだろう。

でも、それでも僕はこの街の好ましいお店で、好ましい人たちと過ごすこの時間を、誰に何を言われようが、泣きたくなるくらいに愛して、大事な思い出のひとつとして飾りたい。


永遠に続くものはこの世に存在しない。ただ、人生はそれが終わる最後の瞬間まで続き、僕たちはそれを思い出の数々によって飾ることができる。

どういうわけか、僕にとっての思い出は飲食店のカウンター席やテーブル席で生まれることが多いし、東カレを読んでいる人たちもきっとそうだろう。

それが別に港区のお店でなくてもいいだろうし、ジャケット必須のお店や、せめてゴールドカードくらいじゃないと格好がつかないお店じゃなくてもいい。

自分なりの方法で、自分なりに好きなお店を見つけて、それを自分なりのやり方で愛せば、それでいいに決まってる。その手助けを、きっとこの雑誌は未来永劫ずっとやってくれるはずだ。

■プロフィール
麻布競馬場 1991年生まれ。著書『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)が好評発売中。
X(旧Twitter)ID:@63cities

今月の『東京カレンダー』は「港区」を特集。圧倒的にラグジュアリーな店からアットホームな一流店、費用対効果が高いカジュアル店まで完全網羅。

港区好きはもちろん、港区に興味がなかった大人にもぜひ手に取っていただきたい1冊になっている。

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※東京カレンダーは毎月21日頃の発売です。今号は11/21(火)から。

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