30.5歳~女たちの分岐点~ Vol.4

「総合商社でエリート街道を歩むつもりが…」堀口ミイナが気づいた“大企業での安定”よりも大切なもの

「30.5」歳、それは女性がキャリアチェンジする平均年齢だ(引用元:doda転職成功者の平均年齢調査)。

それまでをどう生きるかで、その後の人生が変わると言っても過言ではないだろう。

本連載ではインタビューを通して、今活躍中の女性たちが「30.5」歳のときに何をしていたのか。また、そこに至るまでのキャリアを振り返り、何を考え、どう行動してきたのかを掘り下げていく。

今回は、新卒で大手総合商社に入社した堀口ミイナさんが登場。しかし、27歳の時、誰もが憧れる“大手商社・総合職”という肩書を捨てて、芸能界の道へと飛び込む。

彼女は「30.5」歳までをどう生き、その後どんな道を歩んだのだろうか。


取材・文/蒔田稔


▶前回:「人生のゴールは1つじゃない」31歳で弁護士事務所を解雇…山口真由が語る、挫折からの這い上がり方

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今回、お話を聞いたのは堀口ミイナさん


1990年生まれ、トルコ・イズミル出身の33歳。父が日本人、母がトルコ人のハーフで、人生の半分をトルコとパキスタンで過ごす。

早稲田大学政治経済学部卒業後、2013年に総合商社に入社。2017年より芸能事務所のホリプロに所属しテレビやラジオで活躍する。現在は独立し、MC・ナレーション・PRコンサルティングの仕事を手掛ける。2児の母。


堀口 ミイナ オフィシャルサイトはこちらから >>>

●INDEX

1.お金を稼ぐにはどうすればいいかを考えていた、大学時代

2.総合商社を27歳で退社、未経験の芸能界へ転職

3.出産、そして芸能事務所・ホリプロを退所。紆余曲折して気がついたキャリアの意味

4.新卒入社した会社を辞める勇気がない20代に向けた、おすすめの思考法


27歳で「大手商社の総合職」の肩書を手放したワケ


日本屈指の大企業、総合商社。入社できれば、キャリアの始まりとしては最高のスタートを切れるであろう、誰もが憧れる業界だ。

堀口さんは早稲田大学卒業後、その切符を手にし、見事新卒入社を果たした。

「元々、キャリアを築くために10年間くらいは新卒入社した会社でバリバリ仕事をして活躍したい、という思いがありました。安定した会社で長く働くというのは、子どもの頃からの夢のひとつでもあったんです。

なので、社会人4年目までは商社パーソンの一員として、がむしゃらに働いていました」

しかし、堀口さんはある思いを胸に入社4年目で、総合商社を退社する道を選ぶ。

「商社での仕事も面白くなってきたところではありました。それでも、思い切って他の仕事に挑戦する道を選んでみたんです」

そう語る彼女の人生から見えてくる、人生を生きるためのヒントとは?

お金を稼ぐにはどうすればいいかを考えていた、大学時代


―― 女性がキャリアチェンジする年齢といわれる「30.5」歳は、堀口さんにとってどんな時期でしたか?


ラジオのパーソナリティーという仕事に出合えたときですね。

毎日がすごく楽しかったんです。この時期くらいかな、自分の中でキャリアという言葉の意味がなんとなく変わってきたのが。

それまでの20代、特に就職活動をしていた学生時代は、とにかく自分で稼げるようになりたかった。そのためにはいい会社に入らなければいけないな、と思っていました。

―― どんな学生時代を過ごしていましたか?


高校生までは、父の仕事の関係でトルコのインターナショナルスクールに通っていました。同級生はそれぞれの母国かアメリカの大学に進学を希望していて、私も本当はアメリカの大学に行きたかったんです。

一方、家族の見方はシビアで、アメリカの大学は学費が高いし生活費にもお金がかかるということで、一瞬で却下されました。

「日本かトルコの大学ならいいよ」ということで、私が選んだのは日本の大学を受験することでした。

―― なぜ日本を選んだんですか?


単刀直入に言うと、日本とトルコの経済規模の違いです。

大学を卒業すれば、おそらくその国で就職しますよね。そうなるとトルコではトップクラスの会社に入れたとしても、物価が違うので新卒のお給料がどうしても日本と比較すると低くなってしまう。

私は日本語もトルコ語も話せたので、選べるならたくさんお給料をもらえる国に住みたい、という感じで。

そうして、早稲田大学政治経済学部国際経済学科へ進学し、日本にいる祖母の家に住みながら大学に通っていました。


―― そうなると、早稲田大学時代はアルバイトばかり?


はい。親からもらっていたお小遣いはちょうど3万円でした(携帯代と大学への通学費込み)。大学3年生の時、「就活にもお金がかかるから」と交渉して5万円に上げてもらいましたが、それでも足りません。

なので、家電量販店での携帯電話の販売や、ティッシュ配り、塾講師、ホテルでの配膳、カットモデルなどもやりました。時給が少し高くなるということで、1月2日からティッシュ配りをして働いていましたね。

今思うとどれもいい思い出ですが、そんな学生時代だったので「絶対に就活は頑張って、いい会社に入ってやる」と、大学2年生くらいから意気込んでいました。

―― 就職活動では、どのような企業を受けていたんですか?


あのとき私の中で“いい会社の定義”というのは、自分の語学力を生かしながら、海外でも働ける可能性のある企業だった。

なので、まずは商社だろうと。実際に、父の仕事でトルコやパキスタンに住んでいたときに、現地に駐在している商社勤務の方との交流も多かったんです。

彼らはとてもエネルギッシュで、社会情勢や経済情報にも詳しく、とてもかっこいい存在だった。私もこんなビジネスパーソンになれたら…と、幼少期から無意識に憧れていました。

一方、大学の先輩からは「外資系の金融や戦略コンサルティングファームも合っていると思うよ」とアドバイスをもらったので、外資金融・コンサル系の企業も受けました。

そして、ありがたいことに、総合商社と外資系投資銀行の内定をいただきました。

最終的にどちらに行くかは、胃が痛くなるくらい本当に悩みましたね(笑)。結局、商社の事業投資ビジネスに関心があったので、思い切って商社に就職することを選択。

また当時は、リーマンショックの2年後だったということもあるかもしれませんが、「アップ・オア・アウト(昇進するか退社するか)」「バーンアウト(燃え尽き症候群)」などのワードも飛び交っていた時代で。そうなると、安定して長く働けそうなイメージのある総合商社が、魅力的に見えたんです。

新卒の頃って「ずっとこの会社で働いていく」と思い込んでいる節がありますよね。就職活動も「一生この会社でやっていくんだ!」というマインドで取り組んでいました。


―― そして自ら選んだ会社・総合商社を4年で退社。入社してから何があったのでしょうか?


最低10年は働くなんて言っていたのはどうしたのか、という感じですよね(笑)。

総合職で採用されて、入社後配属されたのがリテール部門でした。スーパーやコンビニなど、主に国内で事業展開している企業の主管業務の担当でしたが、思った以上に計数管理や資料作りが多かった。

もっと海外と関わる仕事がしたい!と、常に思っていました。

20代半ばの私は商社パーソンとしてはまだまだ未熟でしたし、今思えばもっと長期目線でどっしり構えていれば良かったのかもしれませんが、焦りが出てしまったのだと思います。

―― そんな中でも入社1年目に、外国語習得についての本『最初のペンギンストーリーでわかる! らくらく外国語習得術』(講談社)を出版されています。


この本は大学在学中に出版が決まっていたのですが、書籍って出来上がってから発売まで半年くらいかかるんですよね。私が社会人になってから書店に並び始めました。

一方で、会社は副業に厳しくて。つまり、せっかく作った本をPRすることができなかったんです。

販促イベントの登壇やコラム執筆など、著書として活動する機会はいくつもあったのですが、会社に副業を認めてもらえない以上、それらの活動は諦めるしかありませんでした。

同じ社内でも応援してくれる先輩や上司もたくさんいたのでそこは恵まれていましたが、大好きな仕事仲間と、大企業ならではのルールの狭間でサンドイッチ状態になっていたような気がします。

―― 確かに当時はまだ副業も主流ではなかったですね。


そうした葛藤が積み重なった4年目、思い切って退職を決意しました。

ところが、いざ退職届を本部長に提出した翌日に、安倍首相が大企業も含めて副業を解禁していく旨の声明を発表したのです。このときばかりは「もし、この声明があと1日早く出されていたら、会社を辞めていなかったかも」と本気で思いましたね(笑)。

運命のイタズラでしょうか。タイミングが違えば、私は今でも商社パーソンだったかもしれません。

―― 退職を決めた時、次のステップは考えていましたか?


具体的なことは決めていませんでした。でも、とにかく、副業にも寛容な会社に移るぞと思っていた。27歳だったら新しいことにいくらでも挑戦もできる!と、意気込んでいましたね。

例えば英語が使える仕事で外資系の大手企業などを、当時のリクルーターと検討していました。

―― 辞めたあと、総合商社を退職したのは正解だったと思いますか?

福利厚生や給料は、やっぱりよかったんだなと実感しました。でもね、なかなか総合商社よりいい条件の会社がない。当たり前ですよね。でもそこから天職と思える仕事に出会えたんです。


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