「東麻布は麻布十番じゃない」と言う女。麻布競馬場による4号連続書き下ろしエッセイ!

この街に多く存在する、“麻布十番愛”に取り憑かれた人々


土曜の19時から始まる今夜の会のために僕が予約したのは、網代公園の向かいの和食屋さん『包丁人 三郎』だった。


パティオ通りから一本と少し入った所の、きっと彼女も「正真正銘の麻布十番」だと認めざるを得ない立地だろう。

「ここ、美味しい!」その上、おそらくは近隣の旨いお店で舌が肥えているであろう彼女はこのお店の堅実な実力にすぐに気付いた。

ここの6席ほどの静かなカウンター席で、僕はメニューを開く必要すらない。大将の齋藤さんに「何か美味しいもの出してください」とだけお願いすれば、同店の名物である「徳島すだち皿焼酎」をはじめとするお酒に合う気の利いた肴が次々と出てくる。

今日は貝のお吸い物から始まり、それから松前漬けにカツオのたたき、エビしんじょの春巻き……。

ここは麻布十番に8年ほど住んでいた頃に発見して、よく通っていた店のひとつだった。そう、何を隠そう僕自身もまた、彼女と同じくらいには麻布十番を愛する人間のひとりだったのだ。


彼女は特異な存在なんかではなく、この街にはこの手の“麻布十番愛”に取り憑かれた人が結構いる。

麻布十番に住み、麻布十番を散歩し、新しいマンションが建ったら家賃を調べて引っ越すか悩む。新しいお店ができたらとりあえず顔を出してみる。パン屋さんから酒屋さんまで行きつけがある。

朝から晩まで麻布十番で遊ぶ術を彼らはみんな知っている。そしてみんな、彼女と同じように「麻布十番の定義」に厳格だ。

僕の感覚では、おおむね新一の橋交差点から蔦屋書店まで、暗闇坂から仙台坂上、そこから二の橋交差点へと至る一連の線の内側を麻布十番と呼び、その外側は麻布十番ではなく東麻布やら南麻布やらになる(もちろん、そのあたりも素晴らしいエリアなのだけれど)。

この街がそうであるように、彼らはみな港区特有のギラギラした遊びも、下町特有の肩の力が抜けた遊びも両方好む。某ヒルズに住みながらも着る服は専らユニクロ、たまに運動がてらウーバードライバーをやったりするお茶目な人もいるくらいだ。

とにかくこの街にいる人たちは、みな洗練された遊び人だ。麻布十番にやってくる前からずっとそうでしたよ、みたいな顔をして。

齋藤さんによるおまかせ劇場も終盤に差し掛かり、僕たちの前には最高のタイミングで頼んだ「徳島すだち皿焼酎」(どんな味かは、ぜひお店で確かめてほしい)と、うにのお鮨が並べられ、それらを隣同士で楽しみながら「美味しいですねぇ」「うん、本当に美味しい。また絶対に来る!」と盛り上がっていた。

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