芸能人御用達の焼肉店『名門』の店主が、四谷三丁目の昔と今を語りつくす!

焼肉好きなら一度は耳にしたことがある、四谷三丁目のランドマーク『名門』

同店を訪れた芸能人とのエピソードや、焼肉店としての矜持、そして四谷三丁目の楽しみ方までを、名物店主・ヤッキー中村さんの立て板に水のトークとともにお届け!



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ヤッキー中村が語った、四谷三丁目に粋な大人が集う理由


今年で創業57年目を迎える四谷三丁目きっての老舗『名門』にヤッキー中村さんが入店したのは1986年。

日本がバブル景気に差し掛かりはじめ、東京の空気が一変した頃だ。

当時、フジテレビの社屋は『名門』から数百メートル離れた河田町にあり、その界隈はイケイケなムードに包まれていた。ヤッキーさんは語る。

「フジテレビ全盛期は、とんねるずや楠田枝里子の打ち上げがよく開かれていた」


「80年代後半はまさにフジテレビの全盛期。それまでの芸能人といえば石原裕次郎や美空ひばりのように一般人には手の届かない存在やったけど、『夕やけニャンニャン』の放送が始まり、おニャン子クラブというアイドルが生まれて、その距離がぐっと縮まった。

『オレたちひょうきん族』がテレビ史上に残るお化け番組『8時だョ!全員集合』を視聴率で上回るようになった。

荒木町とか曙橋周辺は“フジテレビの街”になって、ウチでもとんねるずや、楠田枝里子さんなんかの番組打ち上げがしょっちゅう催されていましたよ。百人単位だから店の外までテーブルを出して。

そういえば、一般人と彼らがバッティングするといろいろ具合が悪いってことで、一気に会員制の店も増えたんだよね。バブルが崩壊して、1997年にフジテレビがお台場に移転すると、多くは閉店しちゃったんだけどさ」

会員制という運営形態に『名門』は当初から興味を持たなかったという。

「先代の頃から、芸能人を特別扱いするという発想がない。もちろん、昔から店にはたくさんの著名人が来てくださいます。

古くを辿れば、三國連太郎さんとか、力道山とか。この数年でいえば、LDHの面々とか、乃木坂46のメンバーとか。四谷三丁目には芸能プロダクションもありますしね。

でも、だからといって芸能人と一般人を区別することはない。ウチに来たお客さんはみんな平等に座って食事をしてもらいます。

そりゃ、芸能人がプライベートで寛いでいるところに“サインください”なんてやり取りが生じるのは好ましくないことやけど、一般人からすれば芸能人が食事しているところがチラッと見えたらうれしいだろうし、芸能人も自分の出演番組を観たなんて話で盛り上がっている様子を間近にしたら、悪い気せんとちゃいますか?

大事なんは、どちらもちゃんと楽しめるように店側の人間がうまく舵取りすること。僕はそう思います」

なるほど。これまでに何度か『名門』へ訪れた際に、誰もが知る芸能人と居合わせたことがあるのだが、思えば店内には不思議と秩序が保たれていた。

「わさび、バカよね〜♪」「わ〜さび、ピンクのサウスポ〜♪」などと、ヤッキーさんによる替え歌を聴きながら、皆一様にテーブルのロースターで焼き上がった肉を口に運ぶのだ。

そして芸能人の客が多いからといって、『名門』ではとりたてて高級なお酒を置くこともない。

ちなみに、最も高いお酒の値付けは四合瓶のマッコリ“2,300円”。それでもしっかり売り上げを立てている。

今では多くの店が取り入れる「おまかせコース」をいち早く取り入れ、回転数を上げ、2003年から2008年まで、坪売上高で日本一になったらしい。

連日朝6時まで営業していたことも作用していそうだが、たくさんの大人が足を運んだという事実になんら変わりはない。

それではなぜ、繁華街とはいえない四谷三丁目の焼肉店に、自然と大人が集まってくるのか。

するとヤッキーさんは、今度はこんな話をしてくれた。

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