漫画家・渋谷直角による書き下ろしエッセイ「古着女子。祐天寺の深夜3時。」

深夜3時、彼女のもとに届いたLINE。送り主の正体は…


バーは夜中の3時に閉店になって、店を出た。暖奈から楽しかったですね、と手を繋いできて、流れるようにそのままキスをした。

ふたりともだいぶ酔っている。たぶん、お互いが、飲んでるときにキスをしたいと思っていて、それだけが目的の、体重の乗ったキスだった。


バーの数軒隣にある小さなスーパーのシャッターに寄りかかり、しばらく暖奈と抱き合って唇を重ねながら、僕はこの後どうしようか、酔った頭の中でぼんやり考えていた。

── LINEの音がする。深夜3時に?

唇が離れ、暖奈がスマホを取り出して見る。申し訳ないが、その送信相手の名前が見えてしまった。

帰ろうか、と僕は言って、駒沢通りの方へ歩き出す。暖奈も無言でついてくる。その間も、腰に手を回し、唇を重ねながら歩いた。まだお互い、酒と余韻が残っていたからだ。

駒沢通りでタクシーを拾い、暖奈を乗せる。またね、と暖奈は言ったが、僕は無言で口角を上げるだけにしておいた。

暖奈のスマホの画面から見えた相手の名前は、漫画家だった。どこかの編集部の飲み会で一度話したことがある。あからさまに僕のことを下に見ているような物言いで、感じのいい人ではなかった。

でも、あの人はそんな、お金に困っているようなランクの漫画家ではなかったはずだが。

足元に違和感があった。ハート型のボタンを踏んでいたのに気づく。カーハートのものだ。拾い上げると、そのボタンには大きな傷が入っている。今ついた傷か、元からなのか。

いずれにせよ、この状態では、大きく価値が下がるだろうと思った。

■プロフィール
渋谷直角 1975年、東京生まれ。漫画家として活躍中。『奥田民生になりたいボーイ出会う男すべて狂わせるガール』『デザイナー渋井直人の休日』はともに映像化。現在『ビッグコミックオリジナル』にて『サテンdeサザン』連載中。

Photos/Masashi Nagao, Edit/Ayako Kimura

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