漫画家・渋谷直角による書き下ろしエッセイ「古着女子。祐天寺の深夜3時。」

ふたりでこっそり抜け出したが…。彼女から感じる男の存在


アーティストの友達とおぼしき若い男の子が、カラオケで布袋寅泰を入れて、モノマネで歌いだした。あまり似ていないが、周囲は大ウケして、スピーカーの音量を上げている。

さらにその男の子はメロディーに乗せて「あるある言いたい♪」などと歌い出したので、ちょっと聴いてられない。僕は暖奈にこっそり、「他のお店に行かない?」と誘った。

『スカーレット』から目黒通りの反対側に渡り、中央中通りに入る。

道の途中にある、どうってことのないバーに暖奈と入った。暗い店内で、スティーヴィー・ワンダーの80年代のアルバムがかかっている。似てない布袋を聴かされるよりはるかにマシだ。

テーブル席に座りオーダーを済ませると、僕は以前聞けなかったことを聞いてみた。

そのカバーオール、いくらしたの?

暖奈は数秒、戸惑った顔をしたが、これ、友達のを借りパクしてるんです、と苦笑まじりに言った。だから正確な金額は分からないけど、相当高いと思う、と。おそらく、恋人のコレクションなんだろうな、と僕は邪推した。

あの日、帰って軽く調べたら、コンディションの程度によるけれど70万円は軽く越える価格帯のものだった。デニムの色の残り方を見ると100万円以上かもしれない。

ただの友達が、そう易々と貸してくれるものではないだろう。暖奈は、でも問題ないんです、私も同じくらいはソイツにお金貸してるから、という。妙にキナ臭い話になってきた。

ギャンブル好きとか?と聞くと、それはたぶんしてないけど、浪費グセが激しく、いつも金欠なのだと言う。返してもらえないまま、ちょこちょこと貸していったのが相当たまっている、と。

何してる人なのかを聞くと、絵を描いているそうだ。つまり、売れないアーティスト崩れの恋人か──。この話はあまり楽しくない。

僕は、知人から聞いた親戚が宝くじの高額当せんに当たった後、親族関係が大変なことになったという話をして、微妙に話題をずらしながら、またどうでもいい会話を楽しもうとした。

暖奈も合わせて、古着屋界隈のくだらない揉め事のようなバカ話をしだした。

ふたりで一番笑ったのは、暖奈が働くお店の同僚の男の子が飲み屋でおじさんと旨いカレー屋はどこかという話題で口論となり、何時間もケンカした後、なぜかそのおじさんの家に泊まっておじさん手作りのラーメンを食べたというよく分からない話だった。

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