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2週間後、撃沈していた僕にチャンスが訪れる。
銀座の中華料理店に、瀬那さんも含めて前回の食事会のメンバーで集まることになった。
僕が、瀬那さんのことを気に入っていることを知った勘九郎が、セッティングしてくれたのだ。
紹興酒を空け、みんなが心地よく酔ったタイミングで、勘九郎が瀬那さんに恋愛の話題をふる。
「CAってさ、やっぱりデートの誘いも多いの?」
瀬那さんは、困惑した様子で「たしかに、多いですね」と言う。
「でも私は最近…誰とデートしても、ピンとこないというか」
「ええ?」と勘九郎はリアクションをとる。
「本当に好きって思える人がいないんです。
なんとなく付き合うぐらいなら彼氏はいらないし…気づけばもう1年くらいフリーです」
僕は、驚いた。
― 今の瀬那さんの言葉、僕の思っていることとまったく同じだ。
22時過ぎ、食事会が終了した。
レストランを出たあと、勘九郎のフォローもあって瀬那さんと2人でタクシーに乗った。
「瀬那さんのさっきの話、共感しました。僕も、なんとなく付き合うぐらいなら彼女はいらないんだよね」
「わかってくれますか」
お酒の助けもあり、車内で互いの価値観を披露し合った。
瀬那さんも、芯が強く、好きなものを大切にするタイプのようだ。2人の共通項が見えかけたところで、僕は切り出した。
「瀬那さんのこと、もっと知りたくなりました。今週の日曜にどこかに出かけませんか?」
瀬那さんは、やや他人行儀な笑顔を浮かべて「いいですね」とうなずいた。
◆
秋風が心地よく吹く、日曜日の昼過ぎ。僕は、最近購入したHonda ZR-Vをスタートさせ、気合を入れる。
「よし」
瀬那さんとのデートの舞台に選んだのは、横浜だ。
実は食事会の帰りのタクシーの中で彼女は、首都高から見える夜景に「わあ」と声をもらしていたのだ。
― まるで子どものように目を輝かせた瀬那さんに、もっと綺麗な景色を見せてあげたい。
そう思い、僕が学生時代を過ごした思い出の街でもある横浜を選んだ。
なんとも言えない緊張感と高揚感…。
はやる気持ちをアクセルペダルに乗せながら、瀬那さんを迎えに行く。
数ヶ月前、自分をひとつ上のステージに引き上げてくれるようなクルマを探して、このZR-Vと出会った。
躍動感とエレガンスを兼ね備えたスタイリングが、まるで上質なスーツを着た時のような自信をもたらしてくれる。
エクステリアとインテリアをカスタマイズすることで自分のこだわりを表現できるし、静かで快適な乗り心地も気に入っている。
でも実は、このクルマに女性を乗せるのは初めてだ。
彼女との待ち合わせ場所に着く。
「え?クルマ?」
瀬那さんの前に停車すると、彼女は目を丸くした。
助手席に着いた彼女は、笑顔で車内を見回す。
「ドライブデートって、いつぶりだろう…」
楽しげな様子に安心しながら、自慢の相棒ZR-Vのシフトをドライブに入れる。
「今日は、横浜に行く予定だよ」
車内で瀬那さんと会話をしていたら、あっという間に横浜に到着した。
今日のように少し涼しい秋晴れの横浜は、やっぱり圧巻の美しさだ。
駐車場にクルマを止めて外に出る。
すると瀬那さんは、カバンからミラーレスの一眼カメラを取り出した。
「カメラ?」
「いつも持ち歩いているんです。いいなと思ったものを、写真に収めるのが好きで。
このクルマ、和也さんに似合いますね。派手ではないけれど、プロポーションがきれいだから上品な存在感があって」
そう言いながら、瀬那さんがカメラのレンズをZR-Vのディテールに向けた。
「このエンブレムも…黒くてかっこいいです。これって、カスタマイズしたんですか?」
「そうそう、よくわかるね。実はこのLEDフォグライトやサイドロアーガーニッシュは気に入ったものを取り付けているんだ」
瀬那さんのよく気がつくところや、僕の好きなものに興味を示してくれるところに、さらにグッときてしまう。
山下公園近くのレストランに移動して食事を楽しんだあと、まだデートを終わらせたくなくて、横浜赤レンガ倉庫に移動して散歩する。
「私、夕方からだんだん夜になっていって…、建物が一斉に輝くのを見るのが大好きなんです」
瀬那さんは、しっとりした声で言った。
「そうだと思った」
「え?」
前回の食事会のあとのタクシーの中で気づいたのだと伝えると、彼女は、照れた様子になった。
「だから今日は、横浜までのドライブデートにしてみた。瀬那さんが喜んでくれると思って」
「私のことよく見てくれていたんですね。…嬉しい」