
妻と女の境界線:結婚3年目の32歳女が、夫に秘密で通う“ある場所”とは
推しの男
「いらっしゃいませ。あ、麻由さん!いつもありがとうございます!」
「おはよう、圭吾くん。今日も早番なのね」
新宿南口・サザンテラスにあるコーヒーショップ。
この付近のビルで働く私は、ほとんど毎日のようにこのお店に立ち寄り、コーヒーを購入する。出勤の前後やお昼休み、外出の帰りなど…我ながら、かなりのヘビーユーザーだと思う。
私は昔から、コーヒーが好きだ。
集中したいときは深煎りの豆を、逆にリラックスしたいときはすっきりした飲み口のものを。
そんなふうに気分に合わせて選んだコーヒーを体に入れると、自然と気持ちが前向きになる。
「麻由さん、今日の豆は何にされますか?おすすめはこのエチオピアなんですが…」
「うーん、そうね。圭吾くんが言うなら、そうしようかな」
「それから、この抹茶のパウンドケーキもおすすめですよ。お仕事の合間とか、夜のおやつにもぜひ!」
「商売上手ねえ。じゃあ、それもお願いします」
けれど…最近は大好きなコーヒー以上に、“圭吾くん”を目当てに、このお店を訪れているところがある。
長くこのお店に通っているが、アルバイトの圭吾くんを見かけるようになったのは、ここ1年ほどのことだ。彼はもともと近隣の店舗で働いていたが、そこが閉店になったので、移ってきたのだという。
見た目は、男性アイドルグループにいそうな、子犬っぽい、優しい顔だ。夫の浩平は、彫りが深く眉毛も濃いキリッとした俳優顔だから、まさに正反対。
それまで私は、浩平のような見た目の男性がタイプなのだと思っていた。けれど、圭吾くんの顔を見た瞬間、本能的にときめいてしまったのだ。それ以来、彼は私の“推しメン”になっているのだが…。
「そういえば、麻由さん。飯山教授、麻由さんたち先輩に会いたがってましたよ。今年度も、OB・OG会を企画しますね」
他のお客さんが並んでいないのをいいことに、圭吾くんが声を落としてプライベートな話をしてくる。私は、少しだけドキドキしながら、「そうなのね」とだけ返事をした。
3ヶ月ほど前、母校である慶應大学、法学部政治学科のゼミのOB・OG会が開催された。
以前は年に1度必ずあったその会も、コロナ禍になりしばらく開催されていなかったので、私も久しぶりの参加となった。
だから、会場の受付を担当していた現役ゼミ生の中に、圭吾くんの姿を見つけたときは、すごく驚いた。
そして圭吾くんも、私と目が合った瞬間、目を丸くする。
「あれ…毎日お店に来てくださる方ですよね?」
「そうです。こんなところでお会いするなんて、びっくりですね」
こんな偶然、あるのだろうか。どぎまぎしながら、なんとか言葉を返して受付を済ませる。
しかし彼のほうは、大して動揺していないように見えた。淡々とした様子で受付リストを確認して、私の名前が記された名札を取り出している。
― そりゃ、そうよね。私は彼のことを勝手に推しているけど、彼からすれば、ただの常連客の1人でしかないよね…。
何かを期待していたわけではないのに、勝手に落ち込んでしまう。そんな自分に気づくと、「夫がいるのに、私ってば何考えてるの?」と、今度は自責の念が芽生える。
そうして悶々としていると、圭吾くんが爽やかな笑顔で私に名札を手渡してきた。
「麻由さん、お店の外でもお会いできて嬉しいです。改めて、よろしくお願いします!」
その時……。
普段、店員としてコーヒーを手渡してくれる時とは、彼の目が少しだけ違っていた。瞳の奥に、一瞬どこか男っぽい輝きを見たような気がしたのだ。
鋭い目に、捉えられた瞬間……私は、しばらくその場を動けなかった。
「この人のことを、もっと知りたい」と本能的に思ってしまったのだ。
この記事へのコメント
でも三鷹在住とかスタバとか、東カレにしては何か設定が珍しいね。
それもダブル