― 恋愛って、難しい…。
タクシー乗り場を背にした哲也は、駅舎の周りをとぼとぼと歩いた。
哲也は、大手広告代理店の営業職だ。クライアントからの評判がかなり高く、同期の誰よりも出世が早い。
一方で、恋愛はズタボロ。
背が高く顔立ちも整っているせいか、社内の女性たちからは「絶対モテるでしょ」とよく言われるのに、実は全然モテないのだ。
最後に彼女がいたのは、もう3年前。
元カノはエリカという同じ部署の事務をやっている2つ年下の女性で、美人なのに親しみやすい彼女は男性人気が高かった。
哲也は浮かれていたが、付き合って数ヶ月で突然「もう別れたいの」とフラれてしまった。理由は、教えてもらえなかったが、ほかの男に乗り換えたらしいと、後に同期の女子が教えてくれた。
― だいぶひきずったもんなぁ。
家に帰り、ため息をつきながら手を洗っているとき、ふと鏡に映った自分の顔を二度見してしまった。
マスクで隠れるからか日中は気にならなかったが、肌はくすみ、シミが目立っている。朝剃ったヒゲは伸び、ひどい顔だ。
さすがに何か手入れが必要そうである。哲也は重い腰を上げ、いつ買ったかもわからないメンズ用化粧水を、洗面台の扉から引っ張り出した。
もしかしてこの顔を見て、栞里は嫌になってしまったのだろうか―。
レジェンド級モテ男の秘訣とは・・・?
1週間化粧水を使ってみたが、特に変化はない。気になって会社の化粧室でまじまじと自分の顔を見ていたとき、マネージャーの剛志がやってきた
「おう、哲也。お疲れ」
剛志は、哲也の直属の上司だ。身長もあって、任されている予算もすべてが“ビッグ”なため、剛志のあだ名は「ビッグボス」。
社内イチ評価が高いマネージャーなうえに、イケメンで色気もあり、憧れの先輩なのだ。
「なに?鏡をそんな見て、どうしたんだ?」
哲也は、恥ずかしさで顔に血が上るのを感じる。
「いやぁ…。実は、ちょっと肌が気になり出して」
すると剛志は苦笑した。
「なーに恥ずかしそうにしてんだよ。肌のケアなら俺もしてるよ」
確かに、剛志の肌はつややかだ。
「剛志さんが?…化粧水とか使うんですか?」
「もちろん。でも化粧水は、根本的なケアにはならない」
哲也は「え?」と首をかしげる。
「ほら、男って髭剃りが原因で肌荒れとかしないか?だから俺、『レジーナクリニック オム』に通って医療脱毛してるんだよ」
― 『レジーナクリニック オム』?…医療脱毛?
「はは…ちょっと僕にはハードルが」
「って思うだろ?1回行ってみ?」
剛志がマスクを少しずらして笑うと、白い歯と綺麗な肌がチラりと見えた。
「俺も最初は抵抗あったんだ。でも彼女に勧められるがままカウンセリングに行ってみた。今じゃ、感謝しっぱなしだよ。最初はヒゲから始めたんだけど、他の部位もやりたくなって、いまは全身やってる」
「全身ですか!?」
哲也は、思わず剛志の腕を見た。まくり上げた袖から覗く腕や手指は、たしかに清潔感がある。
「肌をケアすると、自分に自信がつくんだよ。もはや脱毛は、紳士の新常識だよね」
「自信か…。たしかに欲しいです」
思わず本音が漏れる。
実はあれから、栞里に連絡できないままだったのだ。
◆
その週の土曜。
哲也はさっそく『レジーナクリニック オム』に来ていた。
脱毛サービスというと無理な勧誘があるかなと身構えていたが、クリニックということで実に誠実な対応で無用な心配だった。
脱毛の仕組みやプランをじっくり聞かせてもらい、特にヒゲ周りを中心とした顔全般の脱毛に興味を持ったため、「ヒゲ脱毛 Aコース」を納得して契約。
栞里にキスを拒否されたトラウマから自信を失っていた哲也だったが、脱毛の効果を実感できたら、もう一度アタックしてもいいかもしれない。
栞里からの好意は確実に感じていたのだ。どうにかリベンジデートがしたい。
ようやく、そんな気持ちが芽生えてきていたのである。