「高嶺の花」の彼女
「みなさん、こんにちは。本講座を担当いたします、講師の西条愛佳と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
開始時間ギリギリに滑り込んだため、一番前の席しか空いていなかった。僕は、しぶしぶ座ったが、担当講師と目が合った瞬間「ラッキー」と、思わず心の中で叫んでしまった。
上品なベージュのスーツに、小ぶりのスカーフを巻いている女性は、講師というよりも受講生にしか見えない初々しさだ。
しかし、ひとたび話し始めれば堂々たるもので、パッチリとした目には生き生きとした表情があり、教室は一気に明るいムードに包まれる。
僕は、あわてて講師プロフィールが書かれているプリントをチェックする。
『西条愛佳、27歳、コーチング資格所持、大手航空会社の客室乗務員』
― マジか!?どうりで可愛くて清潔感があるわけだ。
そういえば、航空会社はCAの副業を解禁したとニュースで見た気がするが、まさか研修講師として現れるとは驚いた。
怪しまれないように意識しながら、テキスト越しに彼女を見つめる。
― せっかくの研修、しっかり頑張らないとな!
さっきまでのやる気のなさはどこへやら、一転背筋を伸ばして、彼女の話に聞き入った。
◆
「はい、それでは皆さんのご意見をお願いします。このシチュエーションでは、お客様にどのようにお伝えするのが良いと思いますか?」
今日はマナー研修第4週・4回目のオンラインクラスだ。愛佳先生のさわやかな笑顔を、画面越しに眺める。
オンラインといっても、グループワークと講義がちょうどよく配分されており、他の受講生とコミュニケーションをとる機会も多い。
メンバー同士すっかり打ち解けて、研修のあとに愛佳先生を交えた懇親会が、毎回のように開かれていた。
久しぶりの新しい仲間との交流を、僕は毎回楽しみにしている。
何よりも、僕は、愛佳先生に会うことを心待ちにするようになっていた。高嶺の花だとわかってはいるものの、キレイで朗らかな彼女に心を奪われつつあったのだ。
「どなたか、アイデアがあれば挙手ボタンをお願いします」
画面の向こうで、愛佳先生がニコニコと呼びかける。チャンス、とばかりに挙手ボタンを押そうとして、僕はふと目の前のモニターにうつる自分の顔を見た。
今日は1日リモートワークだったから、髪もまとまっていないし、ヒゲも残っている。「清潔感のカギを握る」と朝陽が言っていた歯も、なんだか前歯の隙間が気になる。
「はい、それじゃ僕のケースを発表します」
僕が躊躇している間に、商社勤務のイケメン受講生が、さっと手を挙げて滑らかに話し出した。画面越しでもカッコよさが伝わってくる。
― オンラインとはいえ、きちんと身だしなみを整えなきゃな…。
結局、今日の授業は、一言も発さないまま終わってしまった。
僕は反省しながら、朝陽が言っていた矯正のことをふと思い出した。
「『Oh my teeth』とか言ってたよな」
実は、僕も以前から前歯の隙間が気になっていた。ただ、仕事が忙しいから、長期間定期的に歯医者に通うことができる気がしなかったし、矯正器具の見た目が気になるという観点から後回しになっていた。
だが、あの日朝陽が着けていたマウスピースは、言われるまで気がつかなかったし、ホワイトニングもできると言っていた。
― あれだったら、僕にもできるかもしれないな。
僕は、ネットで検索し、見つかったWebサイトを読んでみる。
「へえ!最初にストアに行って歯型をとるだけで、あとは基本的に通院なし(*1)。必要な回数分のマウスピースが自宅に送られてきて、それを着けるだけ。サポートは、LINEでしてくれるんだ。すごいな、コレ」
歯医者に定期的に通う自信がなかった僕にとって、オンラインマウスピース矯正というのは非常に魅力的だ。それに、LINEで管理サポートがあるというのが何より心強い。
さっそく僕は、ホームページの赤いボタン「無料の歯型スキャンへ」からQRコードを読み込んでLINEで『Oh my teeth』を友だちに追加したのだった。
◆
― 研修も残すところあと8回か…。愛佳先生ともう少し、距離が縮められたらいいんだけど。
会社帰り、僕は、いきつけのカフェバーで名物のカレーを食べながら、自然に彼女のことを考えていた。
あと2ヶ月でこの研修も終わり。なんとかそれまでに、個人的に仲良くなるようなきっかけを作りたい。
「あれ、朝陽…と、愛佳先生…!?」
考えごとをしていたせいで、店に入ってきたのが朝陽と愛佳先生だとすぐには気がつかなかった。
いくら今、彼女のことを考えていたからって、目の前に現れるなんて偶然があるのだろうか。いや、それよりも、なぜ朝陽と愛佳先生が一緒に?
「お、陽太、会社帰り?」
「あれ!?陽太さん…?え?朝陽、お知り合いなの?」
驚く愛佳先生の様子よりも、朝陽のことを『あさひ』と彼女が呼び捨てにしたことで、僕は自分でも驚くほどに動揺した。
「お知り合いっていうか、や、兄貴なんだ。愛佳はどこで?いつから陽太と知り合いなの?」
「ええ、兄弟!?確かに似てる…。しかも同じ苗字だ、なんで気がつかなかったんだろう…。髪型とか雰囲気がちょっと違うからかしら。陽太さんは、私のマナー講座の生徒さんなんだよ」
― 愛佳先生と朝陽は、お互い呼び捨て。そして俺は「生徒さん」かよ。
「愛佳先生、また講座で!ちょっと俺、待ち合わせがあるんで…もう出ます。じゃあな、朝陽」
自分でも訳のわからない嘘をつき、僕は急いで会計を済ませると、逃げるように店をあとにした。
2人からこれ以上なにか決定的なことを聞きたくなかったから…。
▶NEXT:10月27日 水曜更新予定
動揺を隠せない陽太。思い切って朝陽に愛佳との関係を問いただすが…?
ストーリー内で朝陽が使っていたマウスピース矯正『Oh my teeth』の詳細は、こちらから!
*1 歯の状態によっては複数回の来院が必要な場合あり
◆衣裳協力:〈1P〉男性/シャツ ¥19,800(税込)〈MEN’S BIGI/メンズビギ 03-5428-0378〉 〈2P〉左男性 /シャツ ¥9,790(税込) 右男性/カットソー ¥7,700(税込)〈ともにCROWDED CLOSET/クラウデッドクローゼット 越谷レイクタウン店/048-930-7224〉〈3P〉男性/カットソー ¥7,700(税込) スーツ ¥64,900(税込)〈ともにCROWDED CLOSET /クラウデッドクローゼット 越谷レイクタウン店/048-930-7224〉*他スタイリスト私物
※この物語はフィクションです。