高偏差値なオンナたち Vol.2

子どもについて、夫婦の話し合いを避け続けたら…。産婦人科のアラサー女医が妊活に積極的になれない理由

勤務を終え、久しぶりに仕事後に夫婦で夕食を共にできた日。

沙絵に向かって、祐樹は言いにくそうに口を開いた。

「あのさ、前から言おうと思っていたんだけど、子どものこと…」

結婚以来、出産について思い悩む沙絵に気が付いてか、祐樹が子どもの話を控えているのも薄々気が付いていた。

なので、祐樹の口から「子ども」というワードが出てくるとは思いもしなかった。

不意を突かれた沙絵は、祐樹から思わず目をそらしてしまう。

「沙絵のことだから色々考えているのはわかるよ。でも、考えることも大事だけど、どういう子どもが生まれるのかもわからないし、そもそも授かるかもわからない。

そんな状況で、不安だけ抱えても仕方ないだろ。ちゃんと夫婦で話し合おうよ」

言いにくそうに、でもはっきりとこう沙絵に告げる祐樹。

夫が言っていることは100%正しい。それも頭では理解できる。

だが、反論の余地のない正論を前に、沙絵はこう祐樹に言ってしまったのだ。

「もう少し待ってくれたっていいじゃない!私だって色々考えているんだから…どうして私の気持ちをわかってくれないの!」

別に祐樹は沙絵を責めたわけではない。

しかし、「子どもの話題を避けている」という後ろめたさ故に、沙絵は祐樹にこう怒ってしまったのだった。


翌日の検診の担当日。

いつものように診察室に妊婦を招き入れると、沙絵はカルテをチェックした。

年齢は、自分と同じ30歳。

彼女は先週妊娠が判明したばかりだ。そのため、診察では出産予定日や今後の留意点も伝える必要がある。

しかし、沙絵が説明するにつれ、彼女の顔が曇っていくことに気が付いた。

彼女は言いにくそうにこう口を開いた。

「私、仕事の予定が急に入ることが多くて、2週や4週ごとの検診にちゃんと来られるかわからないんです。出産予定日も部署が一番の繁忙期で、何と言って上司に報告すればよいかわからなくて…」

― ちょっと、今さらそんなこと言わないでよ。今後どうなるかくらい、わかって妊娠したんでしょ?ホント今頃、何を言っているのかしら…。

心の中でそう呟いた。しかし、そう思っているとは悟られないよう、沙絵は彼女にこう告げるのだった。

「お仕事が大変なのは理解します。ただ、今はご自身と赤ちゃんのお体のことを一番に考えていただければと…」

医師という立場上、発言できることは限られている。

そう沙絵は弁えて、常識的な回答を、できるだけ丁寧に伝えるよう心がけたつもりだった。

しかし、沙絵が言葉を続けようとしたその時…。

うつむく彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちるのが見えた。

「すみません…産婦人科の先生にこんなこと相談するべきではないのに、同い年くらいの女性だと思ってつい…本当にごめんなさい…」

「……」

スカートに落ちる涙の染みが、どんどん広がっていく。

その様子を見て、沙絵も何も言えなくなってしまっていた。

― きっと私も、この人と全く一緒なんだわ…

妊娠したかどうかの違いはあれど、出産を含めた自分の今後に思い悩むのは同じだ。

そして、目の前にいるこの女性は、妊娠してもなお思い悩んでいたのだ。

もはや、他人とは思えない感情を抱く沙絵。しばらく落ち着くのを待って、こう彼女に声をかけた。

「今あなたにできることは、元気な赤ちゃんを産むことですよ。私も精一杯サポートしますから」

沙絵の言葉を聞いて、彼女は少しだけ顔を上げて、沙絵の目を見て「…はい」と小さい声で答えたのだった。


目の前の彼女にこう言って初めて、沙絵は気が付いた。

そう、妊娠した以上、産むしかないのだ。

会社の上司に何を言われようと、キャリアがどうのと言っても、命よりも優先させるものではない。

そして、正解のないことに対しても、自分で考えて決めていく勇気と責任を持たなければならないことを、沙絵は自覚したのだった。

― ああ、祐樹はきっとこのことを言っていたのね…。

昨晩の祐樹の発言が、ようやく頭だけでなはなく、心で理解できた気がした。



午前の診察終了後。

『今日は何時くらいに帰れそう?イタリアンのテイクアウト買って帰るから飲まない?』

沙絵は祐樹にそうLINEを送る。

― 夫婦で考えなければならないことを避けていたこと、理不尽に怒ってしまったことを謝った上で、「2人でちゃんと考えていきたい」と、私から祐樹に言わないと!

そう心に決めた沙絵は、休憩室を後にして、少しだけ晴れやかな表情で颯爽と診察室に戻っていくのだった。


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この記事へのコメント

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No Name
祐樹、優しいね。素敵なパートナー🥺
2021/10/15 05:2297返信2件
No Name
両親の敷いたレールの上を走れたことも、努力して期待に応え続けたってことなんだから凄いと思うけど。
2021/10/15 05:3689
No Name
前向きなのが良い
2021/10/15 05:1969
No Name
レールのある人生はある意味楽だけどレールがなくなって自分で考えなくちゃならなくなった時にレールがなかった人より不安が大きくて余計に考え込んでしまうの苦しいよね。
レールしかない人生も苦しいけど。
2021/10/15 05:5620
No Name
若くして妊娠したら、低偏差値で大学も出てないかも、とか妄想にしても失礼極まりない女だな。
こんなのに大事な命を2つも預けるなんて無理。
2021/10/15 06:3018返信1件
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