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「大丈夫?寒くない?」
今日はドライブをしたい、という光輝の提案で、芝公園に来ていた。24時を過ぎていたので、いつもならオレンジ色に輝く東京タワーの灯りが消えている。
「ちょっと寒い」
ジムで温まった体が、夜風にさらされ一気に冷えていく。
「俺のジャケット着なよ」
期待通りの返事だ。自分を犠牲にして私を大事にしてくれると気分が良くなる。
彼のジャケットからふわっと香る、控えめな香水。彼の匂いに包まれて幸せな気分に浸っていると、前から向かってくる男性が話しかけてきた。
「…光輝?」
私はつなでいた手を、とっさに離そうとした。光輝の公式な彼女ではないから、彼に離される前に自分から離したかったのだ。
でもその瞬間、光輝がグッと私の手を握った。
「おお、正人?こんなところで偶然すぎるな」
正人、という男も、小柄で綺麗な女性と手をつないでいた。女性は「こんばんは」と小さくお辞儀をする。その振る舞い方は、どう見ても彼女だ。
正人さんは、私との関係に触れることなく、「また、落ち着いたら飲みにでも」と言って彼女と消えていった。
― 知り合いの前で堂々と手をつなげるってことは、彼女だと思われてもいいってことだよね…?
ドキドキしていることを光輝に悟られないようにしながら、彼の横顔をそっと見つめた。
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「美咲、こっちこっち!」
今日は大学時代に同じゼミだった美咲とランチ。営業で国内を飛び回る美咲とはなかなか予定が合わず、半年ぶりにやっと会えた。
「で?杏奈の最近の恋愛はどう?いい人いた?」
美咲は、恋愛以外の話を手短に済ませ、やっと本題に入りましたと言わんばかりの顔でこちらを見ている。
「うーん、いるっちゃいるよ。結構デートしてるけど、まだ付き合ってはない」
私はクールを装って、アイスティーを静かに飲む。
「何それ!付き合う直前って、一番楽しい時!どんな人なの?」
「自分の会社をやってて、顔は私のどタイプの一重でほりが深い感じ。身体は鍛えられてて身長も190近く」
改めて、光輝の高スペックさを実感し、頬が緩む。
「しっかりハイスペ男子じゃん!そんな人といい感じなの?気になる!」
美咲のテンションは収まるどころかさらに高くなっている。
「どうだろう。正直、光輝が私のことをどう思ってるか、いまひとつわかんないんだよね」
「どういうこと?何回もデートしてるなら、本気以外にないでしょ。他に女の影があるとか?」
「どこが引っかかるのか自分でもわかんなくて。社長だからもちろん定時とかなくて基本忙しいけど、それでも週3は私の時間にしてくれてるから他の子とは会えないと思うんだよね」
「うん、社長じゃなくても週3も彼氏彼女の時間作る人ってそんないないよ。杏奈は好きなの?」
「好きだと思う。こういう男性の彼女になれたら幸せだろうなって考えるだけでワクワクするもん。けど、2ヶ月もデートを繰り返して告白されないってなんでだと思う?」
「聞いてる感じ、奥手なんじゃない?杏奈しかいなそうだし、誠実なだけじゃないかな」
美咲の「誠実」という言葉に、少しビクッとしてしまう。きっと、私が引っかかっているのはここなんだと思う。じつは光輝とはすでに体の関係を持ってしまったのだ。
「奥手、か」
美咲にはそのことを言えなかった。体の関係から始まっても、本命になることはあると信じたい…。
「好きなら自分から動いちゃえば?誰かに取られちゃう前に」
確かに光輝がのんびりした性格なら、私から何か行動を起こすのを待っているのかもしれない。それは考えたことがなかったけれど、可能性はある。
体の関係だけのどうでもいい相手だったら、優しい気遣いも、わざわざ時間を作ったりもしないだろう。
「そうなのかな?うん、ちょっと検討してみる」
この記事へのコメント
付き合う前に身体の関係持って、他にも男がいる軽い女と思われてるから、彼にとってはただの遊び。本命彼女になるのはかなり難しそう。