「…でさ、あの子って、仕事はできないのにプライドだけは高いわけ」
「わかるー」
「これみよがしにデスクに洋書を置いて…。完全にいじられ待ち。主任は優しいから、『それ、何?』って聞いてあげるじゃない?」
「目に浮かぶわ」
「そしたら、『私、仏語専攻だったんで』だって。学歴だけがご自慢なんだから。あの子の担当、出張旅費の計算だよ?おフランスに微塵もかすってないっつーの」
「でもさ、あの子のパンプス…」
女の子たちはクスクス笑う。
「ひどいよねー、安っぽくて!」
― こっわー!
思わず聞き入ってしまったが、義母が「そろそろ出ましょう」と言ったので、私たちは立ち上がった。
会計を済ませると、義母は「パパとお留守番をしてくれたご褒美に、梨花ちゃんにお土産を買ってあげなきゃね」と言い出した。
エスカレーターに乗ってファミリアに向かう途中、私は我慢しきれずに言ってみた。
「すごかったですね、さっきの女の子たち」
「すごかった…?」
義母は不思議そうに聞き返す。あの子たちの話を聞いていなかったのだろうか。
「ほら、パンプスが安っぽいとか悪口ばかり…」
「ああ…」
義母は人差し指に着けたエメラルドのリングをなでながら、苦笑した。
昔、義父が知り合いの宝石商に泣きつかれて買ってきたらしいのだが、当時は気に入らず(あまりに石が大きいという理由で!)、最近自分好みにリフォームしてよく着けている。
「女って怖いですねぇ」
すると、義母は軽やかにこう言った。
「あんなの全然怖くないわ。若いから、悪口がまだ下手なのね」
「え?」
「靴が安っぽいというのは、悪意の第1段階ね。見たままの事実を言っているだけで、工夫がないわ」
「じゃ、第2段階は何ですか?」
そうねぇ、と義母は頬に指を当て首を傾げた。少女のような仕草が似合う人なのだ。
「私なら、例えばこう言うわ。『あの田舎者、マノロのハンギシと似たのを履いてるけど、ずいぶん安っぽいわね』とか。
ブランド品に似たのをわざわざ買ったかなんて、本当はわからないでしょ?でも、そうであると断定して、靴と同時に相手の品性もおとしめるのが第2段階」
買い物疲れが嘘のように、義母の目は生き生きと光っている。子ども服売り場はとうに過ぎてしまったが、私たちは上昇し続けた。
「…それで、最終段階は?」
「もちろん面と向かって言うのよ。陰口なんて、いくら言ったってつまらないわ。相手に聞こえないんだから」
― 本人に安っぽいなんて言うのは、もはや喧嘩売ってるのでは…。
見透かしたように、義母は機嫌のよさそうな声で笑った。
「安っぽいなんて言わないわよ。こっちが悪者になるじゃない。あのね、自分がいい靴を履いているときに…」
そこで義母は、私の足元を指さしながら言った。
「『それ、素敵ね』と褒めるだけでいいの」
私はその日、雨が降っていたから、いわゆる二軍のパンプスを履いていた。爪先に四角くビジューが施されたフラットシューズは、確かにマノロ・ブラニクの名品「ハンギシ」に似ている。
― もっともこれはネットで9,800円で買ったやつ…。
恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じた。思わず後ずさってエスカレーターの上でバランスを崩しそうになる。
義母はいつものように姿勢よく立ち、こちらを見下ろして微笑んでいた。足元はフェラガモ。そういえば、義母は雨の日でも、妥協せずにいいものを身に着けている。
「あらやだ、最上階についちゃった!」
義母がはしゃぐ声が聞こえた。
◆
夏の初めの出来事を思い返しながら、エレベーター内の鏡でちらりと自分の姿を見る。
あのとき買ってもらったフォクシーのワンピース、やっぱり可愛い。義母に感謝だ。
2ヶ月ぶりに再会した短冊の美女が、「何階ですか?」と尋ねてくる。「14階です」という私の声を受けてボタンを押した彼女の左手薬指には、マリッジリングがなかった。
笹の下で見たときには、見事なエタニティリングが確かに光っていたのだけど。なるほど、短冊に書いた願いは叶うのかもしれない。
結局マンション内同居の話は、夫から断ってもらった。義母がどう反応したかは、怖くて聞いていない。
あの日の義母は、ぼんやりしている嫁をからかっただけかもしれないし、たとえ少し意地悪であったとしても、義母がおしゃれで魅力的な人であることには変わりない。
― だけど…。
ワンピースのボウタイを整えながら、私は決めた。来年の七夕では絶対に「ずっと別居できますように」と書こうって。
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