『優香里:ごめん、週末は夫に予定を空けといてって言われてて…』
仕方なく、適当に理由をつけて断った。
もちろん嘘だ。慧は、仕事で最近は土日に家にいることなどめったにない。
気乗りしない原因は、ブランドのバッグを持っていないことだけじゃない。愛華と顔を合わせたくなかった。ちょっと前までは、同じレベルで遊んでいたのに、結婚してから急に格差ができたような気がして、自分が惨めになるのだ。
慧の年収は、恐らく2,000万程度。それも、1年前までの話だ。
コロナを機に代表をしていた会社を部下に託し、ライバー事務所の経営と飲食店の経営コンサルを始めたため、彼は急激に忙しくなった。
そのうえ、年収は、肌感覚だと半分程度にまで落ちた気がする。
慧が先週「しばらく家賃を抑えられるところに引っ越したいんだけど」と相談してきたから、想像以上に厳しいのかもしれない。
一方、私は結婚してから、外へ飲みに行く機会が激減した。
結婚した途端に誘いがパタリとなくなったのだ。相手が気を使って誘わなくなったのもあるだろうが、結局のところ“人として”ではなく、“女として”呼ばれていたのだと実感した。
スマホをテーブルの上に置くと、目の前のグラスが目に入る。グラスにシャンパンじゃなくスパークリングが注がれていることが急に惨めになり、残りを流しに捨て、ため息をついた。
◆
「ただいま」
23時になって慧がようやく帰ってきた。
「おかえり。夕飯いらないって連絡、もっと早くして欲しいな。準備してたからさ」
「ごめん!でも急に会食になることは、これからもあると思うし。今日も会食のあと仕事に戻ったんだよ」
慧は、冷蔵庫からポカリスエットを取り出し、ペットボトルを直飲みしながら言う。彼からタバコの臭いがし、綺麗に保っているリビングの空気が汚されたような気がした。
「それに、今日はすごくいい会だったんだよ!」
待っていた人の気も知らないで、嬉しそうに話す慧を見ていると腹が立ってきた。思わず、日頃の鬱憤が爆発する。
「あなたはいいわよね、結婚しても生活が変わらず、外の世界が充実してて。私なんて180度変わったよ。せめてもっと稼いで、私が結婚してよかったって思えるようにしてよ」
「なんだよ、それ…」
慧は、不機嫌さを露わにし、バスルームへ向かうと大きな音を出してドアを閉めた。その態度にムカついて、追いかけながら私は叫ぶ。
「ちょっと、まだ話終わってない!一緒にいる時間が全然ないうえに、稼ぎも少ないなんて。……結婚した意味ないよ」
言い過ぎたかも、と思ったときには、遅かった。今まで聞いたことがない強い口調で、慧が怒鳴る。
「そんなに稼いでいるやつがいいなら、僕とは離婚して、金持ちジジィと結婚したらいいだろ!優香里の望む生活は、今の僕には叶えられない!!」
私は、消化不良の感情を無理やり押し込めながら、寝室に閉じこもった。
ここ最近ずっと、モヤモヤとした思いを抱えていたが、自分でもその原因がどこにあるのかわからなかった。
でも、愛華と連絡して卑屈になった自分をみてわかった気がした。
― 結局、私、中途半端なんだな。何も覚悟ができてなかったのかもしれない。
愛華ほど、割り切って条件だけで相手を選んで結婚できるタイプでもなく、安定したサラリーマンはつまらない。スタートアップの慧と一緒に夢を追いかけるのは、楽しそうだし、伸びしろがある人の方が一緒にいてワクワクする。
そう思って結婚したはずだった。
それなのに、今は、安定した経済力を求めている。だからといって、離婚を考えるほどでもない。
― こういうの、ないものねだりって言うのかな…。
ふと、寝室に飾ってあった結婚式の写真が目に入る。幸せそうな自分の笑顔を見ると、胸がチクリと痛む。純粋に彼の未来を信じていた頃の私。
― もっと稼いで欲しい、かまって欲しいって…。慧に何かしてもらうことばかり考えていたのかもしれないな。
きっと慧は、リビングのソファで寝るだろう。今までも何度か言い合いはしてきたが、その日のうちに仲直りができない人なのだ。
私は、起き上がるとリビングに戻った。
お風呂上がりの慧が、すぐにお味噌汁を飲めるように沸騰直前まで鍋を温め、お椀を用意する。さらに、彼が明日着るであろうワイシャツにアイロンをかけた。
二人が離れることがないように、今の自分ができることをやってみよう。
そう決意したのだった。
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この記事へのコメント
捨てるなら開けるな!
フィクションとわかっているけど、食べ物や飲み物を粗末にする描写はすごく嫌。
しかも飲食のコンサルって、たいしてお金にならないし、時間が読めなかったり明け方まで帰れなかったり。相当大変だと思うから。そんな旦那様に対しての態度があれって、ちょっとひどいなぁと思ったよ。