慧との出会い
夫の慧とは、2年前、私が27歳のときに恵比寿で行われた食事会で出会った。
それまでの私は、同年代の男性にはまったく興味がなく、自分よりずいぶん年上の経営者とばかり遊んでいた。
仲の良い女友達は、皆美人で華やか。口には出さないものの、彼女たちも私と同様、いつかは経営者と結婚してセレブ妻になることを目先の目標にしていた。
しかし、ちやほやされる時期は何年も続かない。
自分以上に若くて面白い子が現れると、会に呼ばれる回数が如実に減る。
それに、そもそも彼らは既婚率が高い。稀にいる独身の男性は、バツイチか、結婚にメリットが見出せないという合理主義者ばかり。
だから私は腹をくくり、現実を見て、真面目に婚活をすることにした。友達に誘われた“同年代男子との食事会”に顔を出したのだ。
しかし、年収1,000万足らずで誇らしげに仕事内容を語るサラリーマンたちを、どうしても受け入れられなかった。
これまで遊んできた経営者たちと比べると、彼らの話を死ぬ程つまらないと感じてしまう自分がいた。商社マンたちの狭い世界での上下関係の話や、広告代理店で働く人のあたかも自分が作ったかのように話すテレビCMの話は、痛くて笑えてきてしまうほどだ。
その精一杯の自慢話に素直に「すごい」とか「さすが」だとかを言える可愛い私は、とっくにいなくなっていた。
「優香里ちゃん、何か他に食べたいものある?」
とりあえず酔ってしまいたくて、お酒ばかり飲んでいた私。料理に手をつけていないことに気づいたのか、目の前の男性が声をかけてくれた。それが、今の夫・慧だ。
一つ年上の慧は、こちらから聞かなければ、自分の仕事のことを話さない物静かなタイプだった。しかし、彼の言葉の端々からは、仕事への情熱や野望が見え隠れしていた。
慧は、80名ほど社員がいる飲食関係のベンチャー企業の経営者だったのだ。
誠実で、頭の回転は速い。いつかこの人は、億単位で稼ぐ人になる。そんな予感がした。
年上のオジサン経営者にも、同年代のサラリーマンにも感じたことがない胸の高鳴りは、そのまま恋心へと発展した。
「僕の仕事って、安定してなくて、もしかしたら苦労をかけるかもしれない。でも、どんな時でも優香里ちゃんとの家庭を一番に考えて働くから」
プロポーズの言葉を思い返す。あの頃は、慧は経済的にも時間的にも余裕があり、言葉の本当の意味を理解しないままに二つ返事でプロポーズを受け入れた。
だけど、こんなに毎日が寂しくて、収入に波があるなんて予想外だった。
色んなことを思い出していたために、ドラマの内容が頭に全然入ってこない。私はテレビを消してスマホでInstagramを開いた。
『愛華:ゆかりん、週末空いてない?私の好きなブランドとのコラボアフタヌーンティーが虎ノ門でやってるんだけど、一緒にどう?』
友達の愛華からDMが来ていた。彼女は、昔よく一緒に食事会に行っていた飲み友達だ。
私とほぼ同じ頃に、国内外にエステサロンを展開している51歳の経営者と結婚した。おそらく旦那さんの資産は、数十億。
愛華が自由に使えるお金は、月200万程度と前に聞いたことがある。だから、夫が家にいなくても、何の不満もないという。
彼女のInstagramは、見るのも嫌になるほど贅沢な品々で溢れている。
私がいつかは欲しいと思っているミニケリーを色違いで何個も持っているし、最近はクロコのバーキンを買ってもらったらしい。
彼女はそれを “恋愛感情ナシの結婚をした自分へのご褒美だ” と言っている。
誘われたアフタヌーンティーの情報くらい私も知っている。でも、そのブランドのバッグを持っていないから行けない。
この記事へのコメント
捨てるなら開けるな!
フィクションとわかっているけど、食べ物や飲み物を粗末にする描写はすごく嫌。
しかも飲食のコンサルって、たいしてお金にならないし、時間が読めなかったり明け方まで帰れなかったり。相当大変だと思うから。そんな旦那様に対しての態度があれって、ちょっとひどいなぁと思ったよ。