男と女の怪談~25歳以下閲覧禁止~ Vol.1

男と女の怪談:婚約破棄された29歳女が半狂乱に…。商社の受付嬢が見た、戦慄の来客予告とは

「女は今日、必ずここに来る」


「今朝は総務部から直々に、受付のみなさんにお願いがあります」

4人の受付スタッフがそれぞれマスカラとリップの仕上げをしていると、物々しい雰囲気で普段は来ない男性社員たちがやってきた。

「まず、言うまでもないことですが、この情報は決して部外者に漏らさないでください。究極の個人情報を含みます。この写真も持ち帰りますから、この場でこの人物の顔を覚えてください」

切れ者と噂の総務部次長が、メイク道具を押しのけて中央のテーブルに2枚の写真を置いた。

1枚は、会社エントランスの監視カメラから撮影された女性の全身写真、1枚はスマホ撮影だろうか、アンサンブルにミモレ丈スカートでにっこり微笑む30歳くらいの女性の写真だった。


「今日、この女性が弊社に来て、ある男性社員を訪問します。その時、決してその社員に取り次がないでください。部署に電話するフリをして、警備課に電話し、女性にはその場で待つよう伝えてください。皆さんが時間を稼いでいる間に、総務と警備が急行します」

「もし訪問先を共用のコンビニなどと記入されたらいかがいたしましょうか」

受付リーダー格の先輩が、朝の化粧を中断されたことに内心怒っているのだろう、いつもよりもさらに慇懃な態度で次長に尋ねる。

「だからこそ、個人情報と写真を提供するんだ。適当に足止めしろ。この女は、先月から弊社の社員に付きまとって、すでに1度、わが社に潜入している。今日も全く違う名前を書いて入ろうとするだろう。お前たちが顔を覚えて、絶対に止めろ」

興奮気味に、太った50代半ばの男性社員が割って入ってきた。

この年で私たち受付スタッフに名前と顔が知られていないということは、大して出世していないということだ。まったく小物ほど、下の立場の女に命令してくる。

皆同じことを思っているのだろう。受付の女たちは、美しく整えられた眉をピクリとも動かさず、その男の顔を見た。

切れ者次長が、不穏な空気を察したのか、咳払いすると、ようやく今回の「特命」の全容を話しだした。

訪問者の名前は柳井雪、29歳。

3か月前まで丸の内の大手損保に勤務していたが、今時珍しく寿退社。1年間交際した婚約者はまもなく駐在が決まっていたという。

写真で見た通り、いかにもいいところのお嬢さんといった経歴だったのだ。

皆に祝福され、海外で新婚生活をスタートさせる。

時代が変わったと言われても、それはやっぱり若い女の子が夢に見る、ささやかだけど等身大のシンデレラストーリーだ。

不意に、写真の中に、自分が写っているような錯覚にとらわれる。29歳といえば同い年。はじめは不気味に思えた監視カメラの写真に写る女性が、急に身近に感じられた。

「それで、会社まで辞めたのに、何らかの理由で結婚が取りやめになった。そしてその婚約不履行の男が、御社の社員ということでよろしいでしょうか?」

先輩スタッフの言葉に、男性たちはうむ、と一つ唸ってみせた。いつの間にか、女と男、それぞれの立場に感情移入しているようだった。

「当該社員の話によると、今月に入って常軌を逸した行動があるようだ。彼は身の危険を感じている。…そして女は今日、必ず男に会いにここに来る理由がある」

この記事へのコメント

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No Name
読み切りのシリーズなんですね
でも、この後が知りたいな
2020/10/12 05:1799+返信1件
No Name
前に勤めていた会社で社内不倫していた方の奥様が殴り込みに来ました。
その奥様を通してしまって受付の方が首になったとか。
受付の方からするととんだとばっちり。。
2020/10/12 05:2899+返信2件
No Name
久しぶりに純粋に面白かった。ただ受付に婚約者いるなら、会社巻き込んだらバレるとわからないか?
2020/10/12 05:2899+返信6件
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