夏の恋 Vol.2

「自粛生活が明け、本当に愛している女が誰か気づいた…」女性を傷つけた男が、受けた報いとは

当時、確かに詩絵を愛していた。しかし彼女からの告白で始まった付き合いということもあり、その関係に甘える気持ちもあったのだろう。

仕事で大きな案件を抱えていた幸成は、とにかく多忙を極めていた。詩絵を大切にしたいという気持ちはありながらも、気がつけば仕事にばかり時間を割いてしまっていたのだ。

駒沢公園でのランデートも、何度も断った。

『ブルックリンリボンフライ』でのランチの間も、ずっと仕事の電話をしていた。

それでも微笑みを絶やさない詩絵に対し、いつのまにか安心しきってしまった。

そして、最後の日。

浴衣を着て参加しようと決めた、8月末の神宮での花火ナイター。だが、翌日からのドバイ出張の準備がどうしても終わらず、幸成は散々悩んだあげくにドタキャンをしてしまったのだ。

ひとりで観戦した後の詩絵を家へ呼び出すと、彼女はもう笑ってはいなかった。

詩絵の大きな瞳から、微笑みではなく涙がこぼれ落ちるのを見るのは、それが最初で最後のことだった。


その詩絵がいま目の前で、微笑みながら花火に照らされている。

あの日自分が見るはずだった幸福な光景は、今、ただひたすらに、幸成の身勝手な恋心を責めていた。

幸成は、たった今言いかけた「もう一度」という言葉を必死に飲み込むと、代わりの言葉を探す。

夏の夜の妖精のように。儚い水彩画の花束のように。美しく光る愛する人。

いま目の前にいる美しい人に、一番似合う言葉は、たったひとつしか思い浮かばなかった。

「詩絵。幸せにな」

花火もちょうど終わりを迎えた。夢から覚めたような表情になった詩絵は、ニッコリと微笑みながら「うん」と返事を返す。

そして、「じゃあ、幸成さんも元気でね」と言うと、まるで一瞬の幻だったかのように、あっけなく目の前から走り去っていった。

微かに残る、煙の匂い。幸成に残されたのは、それだけだ。

ツンとした火薬の香りは幸成の中で、植物や雨の香りと共に夏の思い出として残り続けるのだろう。

花火の残り香を嗅ぐたびに、甘く、苦しく、痺れるように、幾度もささやかに傷つくのだろう。


―それも、いいかもな。

すっかり見えなくなってしまった詩絵の姿に背を向け、幸成は軽くストレッチをする。

そして、夏の香りを胸いっぱいに吸い込むと、そびえ立つオリンピック記念塔に向かってスタートダッシュを切った。


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幸せな結婚生活を送るはずの妻が、夏になると思い出すのは…。

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※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

この記事へのコメント

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No Name
仕事が暇になって単に昔を懐かしんでるだけ。
ここで戻ったとしても、また仕事が忙しくなったら同じことを繰り返すだけしゃないかな。
俺大好き人間の典型的パターンかと。
2020/07/01 05:3599+返信1件
No Name
花火大会のために浴衣着た状態でドタキャンされ、1人で鑑賞するのはさすがにキツイな…
2020/07/01 05:3899+返信3件
No Name
「もう一度」は棚に上げて何言ってんの?だけど、「あの時はゴメン」「好きでした」は伝えるべき言葉じゃないの?
後悔しても自己中は変わらないのね
2020/07/01 05:2799+返信7件
No Name
だいぶ切ない風に描かれてるけど、男がだいぶ自己中だっただけかと。。
2020/07/01 06:3871返信2件
No Name
ドタキャンした挙句、その後彼女を家に呼び出す…一体どんな神経の持ち主?
2020/07/01 07:4159返信1件
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