「あんた、大変やな!」東京で生まれ育った箱入り娘が、大阪生活にハマった理由とは

「人情の街」は伊達じゃない。よそ者が大阪で孤独を感じない理由は


奈緒子さんの提案で店を移動することになった我々は、グランフロントの地下から地上へ出るためのエレベーターに乗り込む。すると突然、一緒に乗り合わせた2人の中年女性が、奈緒子さんの方を覗き込んできた。

「いや、可愛い!女の子やろ?ほらぁ、そうやと思った。女の子の顔してはるもん」

「可愛いわぁ。可愛いけど、こんくらいの時期は大変やな。お母さん寝られへんやろ。寝られるときにちょっとでも寝なあかんね」

怒涛の勢いで奈緒子さんに話しかけてきたかと思うと、地上に着くなり我先にとエレベーターを降りていく中年女性たち。

その後ろ姿を見送った後にゆっくりとエレベーターを降りた奈緒子さんは、クスクスと笑いながら言った。

「こうやって知らない人に急に話しかけられること、大阪ではしょっちゅうあるんですよ。人と人との距離感が近いのも、東京とは違うところかもしれないですね。

特に大阪の人って、子供にすごく優しくて。外食でも寛容なところが多いです。東京では赤ちゃんを連れているときは、いつ泣き出して迷惑をかけるかビクビクすることも多かったんですけど…。そういえばこっちに来てからは、あんまりそういう思いをしてないかも」

そんなことを話しながら5分ほど歩いていると、大勢の通行人が行き交う雑多な高架下で奈緒子さんがふいに立ち止まる。

「ここです!」

到着したのは、立ち食いのたこ焼き屋『はなだこ』だ。

上品な奈緒子さんの佇まいとはかなりギャップのあるチョイス。だが、行列に並び「ネギマヨとたこ焼きひとつずつ。どっちも6個入りで」と注文する奈緒子さんの姿は、なかなか堂に入っている。

ほどなくして渡されたたこ焼きをカウンターの隅でつつきながら、奈緒子さんは東京時代のことを語り始めた。

「東京にいた頃は、こんな風に寄り道して立ち食いなんて出来なかったんですよ。一族の結束も強い。友達も小さい頃からずっと変わらない。渋谷区と港区からほとんど出ない…。ある意味すごく狭い世界にいたので、周囲の目をかなり気にして生きていました。買い食いなんてお行儀が悪いって躾けられていましたしね。

でも…ここでは私のことを知っている人は誰もいない。それでいて、さっきのエレベーターのオバチャンたちみたいな人との関わりもたくさんあるから、あまり寂しくもなくて」

大阪人の口癖“知らんけど”の魔力とは


そんな奈緒子さんには、大阪の人たちが使うある特有の言葉が大好きなのだと言う。

「大阪の人って、語尾によく『知らんけど』って付けるんです。『明日雨やで、知らんけど』とか、『お嬢ちゃん美人やし、将来は女優さんやな。知らんけど』とか(笑)。それが私、『こんなに適当でいいんだ!』って、すごく衝撃だったんです。

大阪って、美味しくて、優しくて、適当。正直に言うと今の大阪での生活は、東京にいた頃よりも気楽で心地いいですね」

東京では品行方正をモットーに、敷かれたレールの上をしずしずと歩んで来た奈緒子さん。“知らんけど”の精神を得た最近では、ご主人からも「大阪に越して来てから肩の力が抜けて明るくなった」と言われるのだそう。

「この後、娘をお迎えに行ったらそのままユニバに行くんです。大阪は東京に比べるとコンパクトな街なので、どこへでもすぐ遊びに行けるのもいいですよ」

たこ焼きを頬張りつつUSJのことを「ユニバ」と呼ぶ奈緒子さんからは、すでに大阪への深い愛情がにじみ出ている。

熱々のたこ焼きは、優しい出汁の旨味ととろけるように柔らかい食感が絶品だ。

だが、大阪で初めての自由を知った奈緒子さんにとってこのたこ焼きは、きっとさらに何十倍も美味しく感じられているのに違いない。


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東京人が、温暖で住みやすい県・静岡に行ってみたら・・・

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