恋人のスマホ。それはパンドラの箱。
「疑いたくないから、絶対見ない」「コソコソ見るくらいなら直接訊く」
もちろん彼女もそう思っていた。
あの日、恋人・高広のスマホを手にするまでは―。
真央・31歳、結婚目前…のはず。
―あなたなら、恋人のスマホ、見る? 見ない?
「すっかり秋だね。また今年も代々木公園で美味しいフェスあったら一緒に行きたいな」
「去年も行ったなあ。真央、あの時ほんとにいっぱい食べてた」
恋人の高広が運転する車の助手席で、他愛もない会話をしながら、真央はこの上なく幸せを感じていた。
四谷で一人暮らし、大手不動産会社で営業をしている高広は、車が好きで、デートはもっぱらドライブ。
付き合って1年半。こんな晴れた日のデートは幸せすぎて、順調という言葉がぴったりのこの交際を、終わらせたくない、ずっと続いてほしいと真央は思う。
―再来週の誕生日か、クリスマスあたりで、言ってくれないかな…。
ハンドルを握る高広の日に焼けた腕を眺めながら、おめでたい妄想を膨らませていた時。真央のスマホが、それを断ち切るように鳴り始めた。
画面には真央が勤める化粧品メーカーの「オフィス」と表示されている。仕事でイベントが近いため、休日出社している同僚たちに何かあったのかもしれない。
「高広、ちょっとごめんね」と断ってから出ようとすると、スマホの電源が落ちてしまった。昨夜充電せずに寝てしまったことを思い出して、焦る。
「うわ、どうしよう、急いでかけなおさないと…ごめん高広、ちょっとだけスマホかしてくれる?充電切れちゃって」
「あ、うん…いいけど…、ちょっと待って」
真央がドリンクホルダーに置かれていた高広のスマホに手を伸ばそうとすると、なぜか焦った様子の高広はさえぎって、車を脇に停車させた。
―え?…なんか、スマホ触られそうになって焦ってる…?
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