「あー、すっかり遅くなっちゃったな。でも千葉の貝焼きうまかった!あ、真央、今日は家に帰るだろ?代々木上原に直接送ってくよ」
デートの終わりに離れがたい、などといいう素振りのひとつも見せず、相変わらずタバコをくわえてマイペースの高広に対して、不意に試すような気持ちが芽生える。
「ねえ、最近ドライブばっかりじゃない?たまには1日くらい会社休んで、2泊3日で沖縄とかグアムとか、とにかくリゾートに行きたいな。再来週の金曜か月曜、休めないかな?」
唐突感を否めない真央の提案に、高広は戸惑ったように助手席を見る。
「え?再来週?わざわざ会社休んで?俺はそんな急に休めないよ、真央友達誘って行ってきたら?」
「だって夏休みも結局一緒にとれなかったじゃない。どうしても休めないなら、1泊2日でもいい、友達じゃなくて高広と行きたいの」
できるだけ素直な気持ちを伝えようと、真央は高広の腕に触れて頼み込む。
「無理だって。大体ほんとは今日だって休日出勤して片付けたほうがいい仕事、あるんだよ。でも真央のためだと思って無理して1日空けたんだ」
無理して、という言葉が思った以上に真央のささくれた心に突き刺さった。
「…その割には、私が1日様子がおかしいなって思わなかった?全然気が付かないじゃない」
「はあ?何の話だよ。え、もしかしてどっか具合でも悪いの?」
いつまでたっても噛み合わない会話に、真央は絶望的な気持ちになる。
「知らなかったでしょ?私、今日新しい洋服なんだよ。考えたことないでしょ、高広のおうちに行くときはいつもタバコのニオイがついて翌日は必ずクリーニング。キスのときだって、ほんとはタバコのニオイ我慢してるんだから」
高広は、無言でタバコの火を灰皿に乱暴に押し付けると、窓を全開にした。
「…もう着くから」
結局それからは二人とも何も言葉を交わさず、真央はかろうじて涙をこらえながら車を降りたのだった。
◆
―はああ、気まずいな…。でも無視するのも良くないし…。もしかして…別れようって言われたらどうしよう…
翌週の金曜夜、真央は高広のマンションの前でため息をついた。
もともとさほどマメに連絡を入れるタイプではない高広だったが、ケンカ別れのようになった先週末からも連絡はなく、目の前が暗くなっていたところに、「金曜にうちに来てくれない?」と連絡が入った。
―こんなところで悩んでても仕方ない!
思い切ってインターホンを押すと、「おう」と声がしてエントランスのドアが開いた。
玄関が開いていたので、そのまま部屋に入ると、なんだかいい匂いが流れてきた。
「いらっしゃい。メシ、まだだよな?」
「う、うん…会社から直接きたから」
てっきり別れ話かもしれないと身構えていた真央は、高広がエプロンまでして迎えてくれたことに面食らう。もうとっくに帰宅していたのか、部屋には煮込み料理がぐつぐつと煮える温かな湯気が充満していた。
「あ、あれ?これって…もしかして、変えたの?」
荷物を置いてからバスルームで急いで手を洗い、台所に合流しようとすると、キッチンカウンターに「Ploom TECH+」と書かれたスタイリッシュな加熱式タバコが置かれていた。
「あー、これに替えたんだ。…だって真央、ニオイ我慢してたんだろ。ごめん、俺、ちょっと無神経だったよな。せっかくいつもおしゃれしてくれてるのに。これなら部屋にも車にも、匂い残らないだろ。…もちろんキスのときもさ」
緊張してどことなく強張っていた真央の体が、急速にほぐれていく。
「高広、ちゃんと私のこと考えて、こんなに早く行動してくれたんだ。ごめんね…。もうちゃんと訊いたほうがいいよね。実は私、先週から高広が…浮気してるんじゃないかって、疑ってたの。それで、勝手に思い詰めて、変な態度とっちゃってごめんなさい」
「えー、そうなの!?…もしかして俺が先週、スマホ気にしてたから?」
調理の手を止めて、高広は真央がいるダイニングテーブルへと移動してきた。
「うん…貸してって頼んだ時もすごく慌ててたから…」
「マジか!俺むしろ逆方向なんだけど。…いや、ごめん、実はちょっとオーダーしてるものがあって、電話でそのやり取りがあってさ」
「オーダー?」
真央が怪訝な顔で聞き返すと、高広は照れくさそうに髪の毛をわしわしとかきあげた。
「はは!まだ真央には秘密。…来週の誕生日まで、待ってて」
ー…なんだかわからないけれど。
途方もなく甘い予感がして、真央は高広の首に抱きついた。
Fin.
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