(1年後)
「まさか石田さんと、こんな風に飲めるなんて思わなかったです」
六本木のとあるバー。
以前より精悍な表情の幸太の隣にいるのは、石田。そう、小百合と初めてドライブデートに出かけた際、『Anyca』を通じてポルシェ911をシェアしてくれた、あの石田である。
実は、幸太は今、もともと勤めていた人材派遣会社から転職し、外資系生命保険会社でコンサルティング営業をしている。
小百合に完全に振られてしまったあの日に、幸太は一大決心をしたのだ。
会社に届いていたスカウトメールにすぐさま返信を送り、数回の面接を経て正式に採用が決定してから…早くも1年が経つ。
「どうなの?仕事は順調?」
石田の言葉に、幸太は胸を張って「はい!」と答える。
「最初の頃は自身が持てなくて…それで、石田さんにもなかなか転職の報告ができなくて。でも今は違います。自分で自分の仕事に自信が持てるようになった。そうすると面白いくらい、売れるようになったんですよ」
実際、幸太の成績は順調だ。
−いつかは高級車を買い、石田のようにカッコイイ大人の男を目指したい−
幸太は、貴重な休日に『Anyca』を見て気になった車でドライブするのが習慣になっていた。アウディ、BMW、ベンツ…など、いままで何となく「いいな」と思っていた車に乗れるのは魅力的である。
また、「いつか車を買いたい」という気持ちもいい刺激となり、仕事では順調に結果を出し、29歳となった幸太の年収は1,200万円まで到達。成績優秀者として、社内での評価は高かった。
「じゃあ、幸太も近いうちに『Anyca』のオーナーだなぁ」
石田はそんなことを言い、昔と同じように幸太の肩を二度、力強く叩く。その表情はまるで自分の事のように誇らしげだった。
「そうですね。最近ではオフの日に、『Anyca』でアウディとかBMWとか、いいなと思う車をシェアしてはドライブに出かけてます。…と言っても、男同士ですけど(笑)」
その夜、幸太と石田は車談義に花を咲かせ、夜がふけるまで語り合ったのだった。
年収1,000万超えした男の恋愛事情
石田にも話した通り、幸太に特定の彼女はいない。
しかし以前の幸太では考えられないことなのだが、実はデートの相手には困っていなかった。
最近はデーティングアプリという便利なものがあり、保険コンサルタント仲間に勧められて登録したら、驚くことに続々と女性からメッセージが届くのだ。
29歳・外資系生命保険会社勤務、年収1,200万円。家も赤坂のマンションに引っ越し、石田と車談義に花を咲かせたそのすぐ後、実は遂にアウディも購入した。
これらの肩書きは、実際、幸太自身が思う以上の力を持っているようなのだ。
メッセージをくれる女性の中には、モデルかタレントかというような美女もいる。一度デートをしたら一目で幸太を気に入り、随分と熱心にアプローチしてくれる女性もいた。
しかし小百合の時のような、一瞬で心奪われるような相手には出会えない。
この日も幸太は、デーティングアプリで出会ったとある女性と六本木の焼き鳥屋で食事を共にし、好感触だった満足感、そしてその隙間に混じる虚しさを噛み締めながら家路を急いでいた。
「幸太!」
喧騒の中で聞こえた、懐かしい声。振り返ると、そこには人材派遣会社時代の同期の顔があった。
「なんかお前、ちょっと痩せた?」
「そういうお前は太ったんじゃねーか?」
照れ隠しにそんな軽口を叩いたあと、懐かしい同期の名を口にしては盛り上がる。道端で、しばし昔話に興じ、「じゃあ、またな」とあてのない約束をして歩き出そうとした、その時。
「あ、そうだ。そういえば」
同期が何かを思い出した様子で幸太を振り返った。
「幸太、覚えてるか?小百合ちゃん。…実は俺、この前偶然会ったんだよ。彼女、少し前に彼氏と別れたらしいぜ」
そう、だったのか。なんだ、結局別れたのか。
そんなことならあの時…なんて考えが一瞬浮かび、幸太は自分の女々しさを自分であざ笑う。もう昔のこと、1年以上も前のことだ。
そう自分に言い聞かせ「へー、そうなんだ」と、あえて抑揚のない声を出す。
しかし次に同期が口にした言葉には…さすがに平然を装ってはいられなかった。
「なんでも、彼氏のプロポーズを直前で断ったんだってさ。忘れられない人がいるって」