羽田空港STORY Vol.1

羽田空港STORY:絶対パイロットには恋しないと誓っていたのに。競争率数百倍の、女たちの争奪戦

嫉妬と羨望


「おはようございます、訓練生の神崎賢人です。数か月ですが、空港業務を経験できることを嬉しく思います。よろしくお願いします」

「おお、爽やかなメンツが揃ったなあ。社会人としてもフレッシャーズだからな、OJTの先生を担当するやつは責任重大だぞ。マンツーマンできっちり教えてやれ」

課長の言葉を受けて、教官役のグランドスタッフたちに視線が集まる。私の人生で、ここまで露骨に嫉妬の目を向けられたことはただの一度もなかったと断言できる。

朝のブリーフィングを終えて、私はこっそりため息をついた。


パイロット訓練生は、本格的な訓練に入る前に、社会人として、また航空会社の社員として「現場」を体験する。中には空港業務に配属される者もおり、彼らはグランドスタッフに交じって数か月勤務をするのだ。

配属されると、教室での訓練後、数週間のOJTがあり、現場で教官からマンツーマンの指導を受けて独り立ちする。そこで彼らの教官を務めるのもまた、グランドスタッフなのだが…。

「なんで!?教官立候補は大勢いたのに、なんでよりによって"パイ訓"嫌いのメイが任命されるわけ!?」

数日前に上司から教官を任命されたことを伝えると、ゆかりは気合いのマスカラを放り投げて叫んだ。

ゆかりばかりではない、今日は先輩や後輩たちまでもが、じっとりと見ている気がする。

そういえば私がまだ新人の頃、定期的に投入されるパイロット訓練生たちが、華麗かつ古典的な手段でスピード「捕獲」されるのを目の当たりにして呆然としたものだった。

幼い頃から空港でグランドスタッフとして働くことをひたすら夢見て、大学時代は航空専門学校とダブルスクールしていたほどの「空港オタク」。そんな私にとって、パイロットの卵を捕まえるためにこの仕事に就いたと豪語する、一部のキラキラ女子はまったく理解不能だ。

そしてもっと驚いたのは、そのあまりにも常套的な甘い罠に、パイロット訓練性の大半がいとも簡単に捕獲されたこと。

首尾よく結婚に成功して寿退社した先輩の中には、「いまから夫のチェックアウトフライト(副機長としてのデビューフライト)なの」と、悠然とカウンターに挨拶に来る人もいる。

彼女たちに続こうとする同僚からは、「芽衣ちゃん、ランチ休憩、パイ訓の〇〇君と同じ時間でしょ!?私と交代して!」と言われ、出勤して間もないのに朝の10時に突如ランチを食べたことや、休憩室に入ろうとしたら2ショットを邪魔するなと物凄い目力で暗に訴えられ、居場所がなくてトイレにこもったことが頭をよぎる。

一部ではあるが、彼女たちのような熱心な「パイ訓ハンター」にとって、ヨダレが出るほど羨ましいポジション、それが「OJT教官」なのだ。

なんといっても、外の世界に初めて放出された雛鳥は、初めてみたものを「親」と認識するのだから。



「芽衣さん、どうかしました?」

山田というありふれた苗字は、この数百人規模の職場には大勢いる。無線などで名前を呼ぶとき区別できるように、皆は私のことを下の名前で呼ぶ。

それにならっただけなのだろうが、年下の涼しい顔したイケメン訓練生、神崎賢人に気安く下の名前を呼ばれるとどうも落ち着かない。

大体、新人のくせに落ち着きはらっているとはどういう了見か。

ー私のOJT初日は緊張で水も飲めなかったほどだったのに…空港のガテン系、グランドスタッフをなめるなよ…!

私は八つ当たりのような気分で、不遜な"期間限定の同僚"をじろりとにらむ。

私には、個人的にどうしても"パイ訓"を好きになれない理由があったのだ。

この記事へのコメント

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No Name
知らない世界で面白かった〜
来週から楽しみ💓
(こら絶対空港の中の人書いてると思うw)
2019/04/21 05:1499+返信7件
No Name
友達がグラホ&パイロット夫婦なのだけど、まさかこんな戦いがあったとは…笑
なれそめ聞かなくても、何となくこれ読めば、どんな感じだったか分かる気がする!
2019/04/21 05:2299+返信1件
No Name
これはおもしろい連載が始まったかも!!読み応えありでこれから楽しみ!
2019/04/21 05:4199+
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