恋と友情のあいだで 〜里奈 Ver.〜 Vol.10

「彼と、朝まで一緒にいたい」恋に溺れ、理性を失った人妻が犯した愚かなミス

危険な覚悟


連れて行かれたのは、「グランドハイアット東京」だった。

直哉はご自慢のポルシェをホテルのエントランスに停めると、すでに顔馴染みらしいホテルマンと笑顔で挨拶を交わしながら車のキーを預ける。

しかし私に対しては不機嫌な態度を崩さぬまま、無言で『オークドア』へ向かった。


「これからジム行くけど、夜には戻るから」

ステーキがずっしりと挟まったサンドイッチを前に、直哉は高圧的に言った。

彼はこのホテルのジムの会員になっている。仲の良い経営者仲間との社交場にしたり、浮気相手の女をビジターとしてスパに連れ込んだりしているのだ。

そして直哉の言葉は、おそらく報告ではなく指示だった。今夜は家で大人しく夕飯を作れ、という意味の。

―今日の夜まで東京にいるから、もし会えたら連絡して。

だが、私の耳には再び廉の言葉が蘇る。

先ほどから、時間が気になって仕方がない。かと言って、直哉に時計やスマホを気にする気配を悟られる訳にもいかず、どうにも身動きが取れず焦りばかりが募る。

廉は今夜、またシンガポールに戻ってしまう。今この時間を逃したら、またしばらくあの肌に触れることは叶わないのだ。

「あの...ごめん。私、今夜もちょっと用事が...」

「...は?さっき朝帰りしたばっかりだろ。また遊びに行く気かよ」

直哉は吐き捨てるように言うと、思い切り私を睨んだ。しかし、ここで素直に引き下がることはできない。

「夕飯なら作っておくから。昨日は同窓会だったけど、今日も前々から決まってた未祐の30歳の誕生会なの。直哉、元々は出張の予定だったでしょう?だから私、幹事を引き受けてて...」

「それ、嘘じゃないよな?」

浮気性の男に限って、女に対して疑り深く、鋭い勘が働くというのは、恐らく事実なのだろう。

直哉の強い眼光を真正面から受け止めたとき、ほんの少しでも気が緩めば怯えが顔に出てしまいそうなのを必死で堪えながら、私は覚悟を決めた。

この先何があっても、自分の夫に平然と嘘を貫き続ける覚悟を。

「やだ、何言ってるの?嘘ついてどうするのよ。何なら、未祐に電話でもする?」

私は呆れ笑いを浮かべてスマホを差し出したが、その手が震えないように全神経を集中させる。

ーお互い、ある程度の自由があってもいいー

そう私に言い聞かせたのは、紛れもない直哉本人だ。仮面夫婦生活はすっかり板に付いているし、私が引け目を感じる必要なんてない。

「...わかった。朝帰りはやめろよ」

そして、ようやく夫がそう答えたとき、一切の怯えや躊躇は、煙のように私の中から消えていた。

この記事へのコメント

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No Name
先に浮気して裏切ったくせに、モラハラ夫すぎて腹立つ

女性に愛想尽かされたら最後だよ、里奈を悪く思えない
2018/08/28 06:1999+返信6件
No Name
全員、アウト
2018/08/28 05:1299+返信2件
ケロック
蓮の奥さんが妊娠してるんじゃないかな?
2018/08/28 05:1599+返信10件
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