恋と友情のあいだで~廉 Ver.~ Vol.4

「君だけは、抱けなかった」。女慣れした商社マンが、たった一人の女に寄せる純情な想い

恋と友情のあいだ


−この度、退職することとなりました−


里奈からの一方的な報告が社内メールで届いたとき、僕は「ついにきたか」という気持ちでその短い文面を眺めた。

もともと仕事に熱を燃やすタイプでないことは知っていたし、二階堂と結婚を決めたときから、いつか退職するつもりだろうと思ってはいた。

しかしいよいよ現実として突きつけられると、やはり一抹の寂しさが襲う。

−送別会しないとな!−

ぽっかりと空虚を感じてしまう心を誤魔化すように、努めて明るく返信する。

付き合いの悪い彼女のことだ。放っておいたら一人ひっそりと辞めていくに違いない。ここは僕が一肌脱ぎ、盛大に、華やかに見送ってやろう。

さっそく同期たちに日程調整のメールを送りながら、里奈の好きそうな店や演出に思いを巡らせた。ベタではあるが、色紙なんかも用意してあげたら喜ぶだろうか。

会えば憎まれ口ばかり叩いていても、彼女のために何かしてあげることはまったく苦にならないから不思議だ。

むしろ、里奈を喜ばせるアイデアなら次々と湧いてくる。

勝手な思い込みと言われればそれまでだが、二階堂の妻になろうが会社を辞めてしまおうが、それでも僕には彼女と特別な絆で繋がっているような感覚があった。

二階堂は僕の知らない彼女を知っているかもしれない。しかし僕は、二階堂の知らない里奈を知っている。

そして、根拠などは何もないが…僕の知っている里奈こそが本当の彼女だという妙な自信すらあった。

里奈と男女の仲になりたければ、僕にも過去にいくらだってチャンスはあった。しかしついぞ、欲情に溺れなかったのはなぜか。

その答えに、僕は薄々と気づき始めていた。

それはおそらく“自分の物にしたい”という衝動より“失いたくない”という思いが勝ったからではなかったか。

恋や愛などという感情は所詮、刹那だ。しかし友情は永遠に続く。

僕はたぶん、里奈との永遠を選びたかったのだ。


決断のとき


里奈の退職と時を同じくして、僕は上司からシンガポール駐在を打診された。

多くの商社マンがそうであるように僕にとっても駐在は憧れだったから、もちろん常に希望を出し続けていた。

今回はトレーニーという立場で2年(長くても3年)の期間限定という形ではあるが、他の同期たちよりずっと早くチャンスを掴めたことが嬉しくて、僕は心の中でガッツポーズをとる。

「帯同してくれる相手はいるのか?」

そう上司に尋ねられ、僕は迷わず「はい」と答えた。

半同棲状態にある3歳年上の彼女、美月との付き合いも、早いもので1年以上になる。

付き合いが長くなっても彼女は変わらず甲斐甲斐しく世話を焼いてくれ、僕もそんな彼女と穏やかな日々を送るうち、次第に“結婚”を意識し始めていたからだ。

まあ本音を言ってしまえば、根っから末っ子気質の僕は、いったん年上彼女に甘やかされる環境に慣れてしまうと、あれやこれやと求めてくる他の女たちと関係を持つのが面倒になったという側面もある。

とはいえ、美月に対する真剣な思いは変わらない。

それにこのタイミングでの駐在決定は、美月との結婚を後押しする運命のようにも感じられ、僕はついに年貢を納めることを心に決めたのだった。

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