「温泉、かぁ...」
仕事は山積みで、温泉なんかに行っている時間はない。堀田先輩からのストレスと一向に減らない仕事のことを考えて、美奈子の気持ちはどんどん落ち込んでいく。
画面を見つめながら返信に迷っていると、ムズムズとしたかゆみを首に感じた。
慌てて鏡を見ると首の周りが真っ赤になっている。
さらに首回りだけではなく、せっかくお気に入りの下着を付けてきたのに、足の付け根にレース部分がこすれてかゆみを感じた。
耐えきれずに首をひっ掻くと、赤みは更に増すばかり。
もう限界だ。自分でもそう感じ、なかばヤケになって、美奈子は親友のオファーに乗っかることにした。
◆
「...という訳で、転職しようかと思ってるんだよね」
女同士の旅行は、何歳になっても楽しいものだ。それが気の置けない親友ならば尚更である。
温泉に浸かり、美味しいご飯を食べ、ちょっとお酒も回ってきてすっかりほろ酔いになってきた美奈子は、気がつけば沙羅に今の自分の気持ちを曝け出していた。
「昔から美奈子は真面目で、一人で抱え込むことが多いからね...ストレスが溜まって良いことなんて何もないのに。大丈夫?今の会社、辞めるの?」
沙羅は、学生時代からの夢だった編集者になり、仕事もプライベートも楽しそうにしている。
美容雑誌の編集者というだけあって彼女の流行キャッチ能力は高く、その情報収集力はいつも信頼していた。
今日も温泉に着くなり、美奈子が持ってきたコスメや基礎化粧品について“これは良い”とか“これはダメ”など、あれこれ一人で品評会をしていた。
「うん、迷ってる...辞めて、違う会社に行こうかなぁって」
「そっか...美奈子がそう決めたなら応援するけど。でもせっかく、今の仕事は好きって言ってたのにね」
静かな沈黙が二人の間に流れたので、美奈子は慌てて話を変えた。
「もう一回、温泉入りに行かない?せっかくだし、お肌ツルピカにしよ!」
そうして女二人で連れ立ち、温泉へ向かった後だった。
「ハァ。さっぱり...って美奈子どうしたの!?大丈夫?」
お風呂から上がると、沙羅が驚いた様子で美奈子を見つめてきた。
沙羅の大きな声に驚いて、美奈子は慌てて鏡を見た。
そこには、首のまわりが真っ赤になった自分の姿があった。ここ最近、お風呂上がりは特にかゆみが強くなっているのだ。
「ねぇ美奈子、これ知ってる?」
そう言って美奈子が教えてくれたのは、LIONの「メソッド」だった。
「これね、かゆみや赤みに効くかゆみ止めの薬なの。クリームとシートタイプがあって、私もストレスで痒くなったり、下着の摩擦で赤くなった時にクリームを使ってるんだぁ。シートタイプは、外出先でかゆくなった時のために持ち歩いてるの。しかもね、これステロイド無配合なんだよ」
「へぇ...知らなかった 」
自分の最近のストレスや、服の擦れによるかゆみが頭をよぎる。
堀田先輩から怒られていることを思い出すだけで、また痒くなってきたように感じるのは気のせいなのだろうか。
「仕事してると、色々あるよね」
そう言って、沙羅はこの前自分が遭遇した嫌なクライアントについて茶目っ気たっぷりに語り出した。
「現場にピンヒールなんて履いてくるなぁ!って怒られたんだよ〜(笑)」
沙羅は 、全てが順風満帆かと思っていた。でも彼女も彼女なりに、色々あるようだ。
「女が働くって、楽しいことの方が多いけれど、その分大変なことも多いからね。だから誰かと戦わないといけない職場とか、出先で痒くなった時にも、サッと拭くだけだから使いやすいよ」
「へぇそうなんだ...何だか良さそう!」
温泉からの帰り道、美奈子はドラッグストアへ寄り、早速「メソッド」のクリームとシートタイプの両方を購入した。
しかし、不意に疑問が湧いてきた。
ーそもそもどうして堀田先輩は、私にだけキツく当たるんだろう。もしかして何か、原因がある…?