会いたくて会いたくなかった元彼
―本当に、強引なんだから…。
初めは表情をこわばらせていた真子だったが、見た目にも美しい前菜を一口食べると、「美味しい」と頰が緩んだ。
「良かった。やっと笑ってくれた」
目の前で俊が愛おしそうに真子をみつめる。その真っ直ぐな目に気がつき、急に居心地が悪くなった。
「あのね、俊。こういうことされると、私困るの。婚約者がいるから」
真子がきっぱり言うと、俊は一瞬の間の後こう言った。
「そうだよな、そんな人がいても、おかしくないよな。強引に誘ってごめん。でも、どうしてももう一度、真子とこうしてゆっくり話がしたかったんだ」
今まで強気だった俊が、途端にしょんぼりした表情を見せる。
「せっかくだからさ、今日だけは俺に付き合ってよ」
相変わらず強引な進め方だが、俊がやるとどうも憎めない。真子は大きく溜息をつきながら、「今日だけね」とうなずいた。
◆
それから二人は、様々な思い出話や別れていた間の出来事で盛り上がった。初めは壁を感じていた二人だったが、すぐに昔と変わらないように打ち解けた。
「ねぇ、聞いていい?婚約者ってどんな人?」
少し酔いが回っても、変わらずぴんと伸びた姿勢でグラスを口に運ぶ俊の所作は、昔と変わらず綺麗だった。
「真面目で誠実で、優しい人。私を、大事にしてくれる人よ」
俊に対して圭一のことを語っている自分に、妙な感覚を覚える。昔好きだった人に、今の大事な人のことを話すのはなんとも複雑な気分だ。
「そっか、良い人に出会えたんだね…。式はするの?」
俊の問いかけに、一瞬の間ができた。喧嘩して以来、圭一ときちんと話せていないのだ。
「まぁ…その予定」
先程とは違って急に歯切れの悪くなった真子にすかさず俊は、「何かあった?」と聞いてくる。
「彼は式を挙げたくないみたいで、今そのことで少し喧嘩してて。でも、大丈夫。二人で話し合って、解決するから」
真子が急に強気な態度を見せたせいか、俊の表情が変わった。
「そっか…。俺だったら、結婚式は女性のためにもご両親のためにもやってあげたいって思うけどな。一生に一度のことなんだし…」
一生に一度…。真子は急に結婚の重さを感じた。一生に一度のことなのに、圭一ときちんと話し合えていない現状に、少し不安になったのだ。
「そうだな、真子にはやっぱり白いウエディングドレスを着て欲しいな。ゴージャスな感じで、友達もいっぱい呼んでさ。ハワイとかで皆でクルージングを楽しみながら、とかも楽しそうだな 」
そう言いながら、俊は結婚式について楽しそうに思いを巡らせているようだった。しかし真子は、その発言に違和感を覚える。
「そっか。でも、私は沢山いろいろな人を呼んでって言うよりかは、本当に仲の良い人とアットホームな感じでやりたいんだよね…」
「じゃあ、二次会を豪華にするのが良いね。俺の周り楽しい奴が多いから、色々盛り上げてくれそうだし」
いつの間にか俊は、真子と自分の結婚式を想像しているようだった。
「俺さ、真子と別れてから、ずっと後悔してた…二人が別れないで済む道を模索できなかったことを。
あれから誰と付き合ってみてもダメなんだ…真子ほど好きになれない。今回、このタイミングで日本への帰国が決まって思ったんだ。これは最後のチャンスなんじゃないかって…」
俊の、これまで見たことのないような真剣な表情だった。