事件は、“他己紹介”で起きていた!
「じゃあ俺の方から説明するね!こちらに座っているチェックのシャツが小林さんで、アプリ開発で成功して今や億万長者」
「そしてその隣が高橋さんで、こちらもIT業界で知らない人はいない、有名人です!女性陣、もしクルージングしたいなら、お二人に言って下さい」
その紹介を聞いて、急に女性陣の目の色が変わる。“やめろよ、その紹介”と言いながらも、小林も高橋もまんざらでもなさそうな表情を浮かべていた。
今日の幹事である健太は、元々ルナとゴルフ仲間だ。結婚を機にゴルフから遠のいているルナだが、「大先輩のお二人に、接待を兼ねて食事会を開催してほしい」と健太が連絡してきたのだ。
その連絡を受け、先日友人の誕生日パーティで知り合って以来しきりにルナに連絡してくる美緒に、女性陣を集めるよう依頼したのだった。
「皆さん、すごい方ばかりですね♡ちなみに健太さんは、何をされているんですか??」
女性陣の幹事である美緒は、大きな目をキラキラと輝かせながら健太を見つめている。
それもそのはず、本日参加している男性陣はメディアにもよく登場する、若手経営者たちなのだ。嗅覚の鋭い女性ならば、どこかで一度くらい顔を見たことがあるのだろう。
「僕もIT系なんだけど、このお二方に比べたら足元にも及ばないようなちっぽけな会社です」
そういう健太の会社は、年商50億弱。
成功している人間ほど、食事会で自分のことを大きく言わないものである。
そんな健太を微笑ましく見ていると、次は女性陣の紹介になった。
…そして、ここで事件は起きたのだ。
「じゃあ、私も紹介しますね。私の隣に座っているのが菜穂ちゃんで、丸の内でOLしている26歳です。で、その隣が麻里ちゃんです」
女性側の幹事である美緒が、早口で友達を紹介し始めた。
セミロングヘアの菜穂は、いかにも丸の内OLさんらしい、可愛らしい雰囲気だ。
そして隣の麻里は、おっとりしているのに女性らしい色気が溢れ出ている。花で例えると薔薇のようだと、ルナは思った。
一方、幹事の美緒はどちらかと言えば素朴な感じで、こちらも花で言うならば薔薇を引き立たせるかすみ草、といったところだろうか。
「...。」
ここで、美緒の他己紹介は終わってしまった。
皆もう少し他の説明もあるかと思い、美緒が次に発する言葉を待っていたが、麻里については職業さえ紹介しなかったのだ。
「それだけ?女性陣の皆さまはなかなか秘密主義なのかな〜」
小林が気を遣ってフォローに回る。
たしかに、美緒の紹介は短すぎる。他己紹介ならば通常相手のことを多少は褒めるのがマナーだと、ルナは心得ている。
「ヤダ〜私ったら。ごめんなさい、たしかに短すぎでしたね♡」
小林に指摘され、美緒は可愛らしい笑顔を浮かべて慌てて言葉を足した。
「菜穂ちゃんは、この前同棲していた彼氏と別れたばかりで、先月中目黒に引っ越しました。絶賛彼氏募集中です!麻里ちゃんは、年上のおじ様が大好きで(笑)」
菜穂と麻里の表情が、一瞬で凍りつく。
この時点で、美緒が麻里を蹴落としにかかったのは明白だった。
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