思い出の映画で蘇る、恋人時代の甘い記憶
―結局、私はただの“元カノ”に過ぎないんだわ...。
それから数日間、聡子はまるで失恋したかのように苦々しい気持ちで日々を過ごしていた。
「聡子を忘れられなかった」「別れたのを後悔してる」なんて甘い言葉を口にした陽介であるが、あの日の帰り道、彼は知美と共にタクシーに乗り込んで行ったのだ。
その姿が瞼から離れない。いつものように海外ドラマを観ていてもなかなか集中できず、途中で番組を変えてしまう。
すると突然、陽介からLINEが届いた。あの日以来、彼とは他人行儀な仕事メールのやりとりしかしておらず、プライベートでの連絡は久しぶりだ。
―聡子、この前は驚かせてごめんな。いよいよ明日からフランス出張だよ。ハードなスケジュールになりそうだから、今夜はゆっくりNetflixで映画を観てる。作品リストを見ていたら、聡子が好きそうな映画があったんだ。
そんなメッセージを眺めながら、聡子の胸は高鳴る。
先日の、話の続きがしたい。聡子もずっと陽介が忘れられなかったことだけでも伝えたい。だが、気持ちをぐっと堪えて冷静に返信する。
―出張、気をつけてね。何の映画を観てるの?
そして届いた彼からの返信に、聡子は再び胸が切なく締め付けられた。
―『君はONLY ONE』を観てるよ。聡子が絶対好きそうなラブストーリーだなって思って、君のこと考えながら観ていたんだ...。
陽介と付き合っていた頃、確かによくラブストーリーを一緒に観ていた。
普段はサバサバしていると言われる聡子だが、実はとにかく泣ける純愛ラブロマンスが大好きなのだ。映画を観るたび聡子があまりに号泣するので、陽介が困り果てていたのをよく覚えている。
あの頃の一番のお気に入りは『君に読む物語』。それに『ベスト・フレンズ ウェディング』や『ホリディ』
も2人の定番で、何度も繰り返し観たことが懐かしい。
彼と一緒に観た映画を、久々にまた観たい気分になった。Netflixでは、最新の映画やドラマだけでなく、懐かしの作品も観ることができる。
でも「聡子が絶対好きそうな映画だよ」と言ってくれたのが嬉しくて、陽介と同じ『君はONLY ONE』を観ることにした。
普段はドラマをスマホやPCで気軽に観ている聡子だが、じっくり観たい作品はテレビで観ることにしている。ゆったりとソファに座ってくつろぎながら観ると、作品にのめり込めるからだ。
Netflixならアカウントを1つ作れば、その時の気分やシチュエーションに合わせて好きなデバイスで観ることができるのだ。
聡子は映画を観ながら、その合間に陽介とのLINEのやりとりを続けた。
他愛もない内容ではあったが、同じラブストーリーを観ているせいか、何となくロマンチックな雰囲気が漂っていた。遠くにいるはずなのに、同じ映画を同時に観ていると、まるで近くにいるかのように感じられる。
―陽介。出張から帰ったら、また二人で会えたりする?
聡子は、とうとう思い切ってそう切り出した。
しかし、メッセージはすぐに既読になったものの、返信は返って来ない。順調だったLINEはピタリと止まってしまった。
聡子はしばらく返事を待って悶々としていたが、そこでとある不安が頭を過ぎる。
―もしかして...出張前夜なんだから、知美さんと一緒にいるのかも...。
そんな考えに取り憑かれた途端、これまでのロマンチックな気分は消え去り、同じ映画を観るのさえ辛くなった。
またしても一人で盛り上がってしまった自分への自己嫌悪に陥りながら、気分を紛らわせるため、聡子は冷蔵庫からビールを取り出す。
そしてNetflixでさらに番組を探し続けると、『アグリー・デリシャス』に辿り着いた。
それは、有名シェフが仲間たちと旅に出る食のドキュメンタリーで、気分転換にぴったりだ。聡子は思わず夢中になって“Binge”(イッキ見)するうち、いつの間にか眠りについていた。
しかし、朝になっても陽介からの返信はないままだ。代わりにワタルから「行ってきます」のLINEが届いていた。