2月18日、19時よりTBSラジオで放送された『高岡早紀 恋愛カレンダー collaborate with 東京カレンダー』。
現在は、radiko.jpから同番組をお楽しみいただける。
女優・高岡早紀さんの艶っぽい声に合わせて、特別に東京カレンダーが書き下ろしたラブ・ストーリー「忘れられない恋」を、一挙公開!
最後まで読むと、ラジオでは放送されなかった舞衣子の本音が分かるかも…!?
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人には誰でも、忘れられない恋がある。
それが自分の仕事や価値観、そしてその後の人生に大きく影響を与えた恋なら、なおさら。
有名モデルとして華々しく活躍し、 いまや“恋多き女”として知られている舞衣子にも、心の底から愛した男との、ある“忘れられない記憶”があった。
「でもね、彼は私のことを心から愛してるんだって。けど、もう1ヶ月も会ってないのよ。LINEの反応も前より全然遅くなった。ねぇどう思う?彼の本心が分からないの...」
深夜、恵比寿でハイボールを飲みながら、長年の親友の由希は酔いに任せ、堂々巡りの会話を繰り返している。
“彼の本心が分からない”などと女が男に対して不満を持つときは、大概は男がその女への愛情を失っている証だと私は思う。
実際、心の奥底では彼女も気づいていて、ただそれを認めるのが難しいだけなのだ。
由希の恋人は、簡単に言えばただの浮気男である。彼女はもう3年近くも彼との腐れ縁に苦しんでいた。
いや、きっと苦しみだけではないのだろう。それを凌駕する魅力と快楽があるからこそ、簡単には離れられないのだ。
客観的に見れば、女を褒める口述に少し長けただけの、どこにでもいそうな中年男なのだが。
「私は彼にとって、もう空気みたいな存在なんだって。一緒にいるのが当たり前だけど、でも絶対に必要不可欠で...」
由希の瞳は、遠く彼方を眺めるように熱っぽく恍惚と輝いている。
「結婚してるわけでもないのに、そんなこと言われて嬉しいの?本当に由希が空気なら、空気なんてそこら中に充満してるんだから、必要ないじゃない。もっと由希を特別に扱ってくれる男を探せば?」
つい口調に苛立ちが滲んでしまうと、彼女は眉毛を八の字に下げ、瞬く間に泣き顔になっった。
親友が解決策など求めておらず、ただウンウンと話を聞くだけで充分なのは百も承知であるのに、いつもつい口出しをしてしまうのは私の悪い癖だ。
「舞衣子は底抜けにモテるから、そんな強気なことが言えるのよ。ふつう34歳の独身女はね、簡単に恋人と別れられないの。でも、ダメな男を嫌いになれない気持ちくらい分かるでしょ。ほら...別れても、忘れられない男とか...」
由希は意地悪く探るような目つきで、仕返しだと言わんばかりに話題の矛先を私に向ける。
「別に...」
「誤魔化しちゃって。いくら“恋多き女”でも、やっぱり賢三さんは特別でしょう。私だって、それくらい分かるんだから」
“忘れられない”などと形容されると小さな抵抗を覚えてしまうのは、私のプライドのせいだろうか。
彼女の質問に対して、反射的に頭に浮かんだ男の名前を見事に言い当てられたのは、少しばかり悔しかった。そもそも、自分以外の誰かが“賢三”という名を口にするだけで、どうしても胸がザワっとささくれ立つのを抑えることができない。
賢三と関係があったのは、もう10年近くも前になる。
私がモデルという職業に何の魅力もメリットも感じていなかった頃、彼はそれを、私の天職にしてくれた。
別に、誰に何を詳しく語った訳でもない。
それでも、長い時間を経てもこうして周囲から指摘されるほど、彼が私に与えた影響は大きいのだろう。
虚ろな目でテーブルに突っ伏してしまった由希にコートをかけながら、手持ち無沙汰になった私は、固く蓋をした賢三との記憶を、そっと取り出した。
この記事へのコメント
お店の話が少ないのは残念。