だが、賢三との蜜月はほんの半年ほどで、呆気ない終わりを迎えた。
彼が若い新人モデルと関係した事実が、私の耳に届いたからだ。
そのとき私は、芸術家たる男が悪気なく女を裏切るという性を、痛いほど思い知った。
賢三が興味を示すのは、まだ誰にも知られていない、しかし彼によって才能が開花する可能性のある女だ。
そう。徐々に名が知れ渡り、熱愛報道によって“魔性の女”などともてはやされるようになった私に、彼は急激に冷めてしまったのだ。
焦って引き返したくとも、“魔性の女”という皮肉な肩書きは私の意思に反して一人歩きをし、賢三が離れていくのを黙って見ている以外方法がなかった。
そして、力のある男という後ろ盾を失った女の辿る道は、二つに分かれる。
そのまま煙のように忘れ去られるか、なりふり構わずに死に物狂いでその地位にしがみつくか。
幸か不幸か、当時の私には賢三によって造られた世間のイメージを壊さないだけの精神力とプライドが育っており、後者を選択することに成功した。
意外だったのは、賢三と別れたあと、私に好奇心を持つ男が絶えなかったことだ。
彼らのほとんどは、あからさまではなくとも“賢三が愛でた女”という私に興味を持っていたようだが、愛した男に捨てられた女のプライドなどちっぽけなものだ。
そうして気の赴くままに自由を楽しんだ私は、いつの間にか“魔性の女”に加えて“恋多き女”という、自分でも笑ってしまうようなキャラクターを確立させた。
それは、34歳になった今でも続いている。
◆
「いいよねぇ、舞衣子は強いもん」
突然ムクッと起き上がった由希の言葉が、私を現実へと引き戻した。
「それに賢いから、男の人に惑わされたり、悲しい思いをすることなんてないか」
実際は、強いわけでも、賢いわけでもない。
私はただ、たまたま得てしまった名声を失うことに臆病になり、そして賢三をきっかけに形成された“魔性の女”という仮面の剥がし方が、分からなくなってしまっただけなのだ。
「...私だって、悲しいときもあるわよ」
本心を言ったつもりなのに、そのセリフは自分でも白々しいほど不自然に宙を浮く。
「まぁでも...賢三さんのことは、忘れられないって言うより、忘れないでおこうと思ってる。色々と、お世話になった人だから」
ツンと澄ました声で言ってみると、今度は“私らしく”きちんと収まってくれた。
こんな風に、私を愛でた男はいつまで私の中に居座り続けるのだろうか。
彼が私を捨てたとき、もっと泣いたり喚いたり、感情のままに醜く振舞い、芸能界を去っていたなら、その後の人生はずっと楽に生きられたようにも思う。
あるいは賢三に出会わなければ、人並みに結婚や出産を経て、幸せな家庭を築いていたかもしれない。
だが、後悔はしていない。
自分が他人に比べて特別優れていたり、幸せであるとは思わないが、結局のところ、私は彼に与えられた“魔性の女”としての人生がどうしようもなく大切で、そして面白くて仕方がないのだ。
「ねぇ由希、ごめん。私、これから崇くんに会うの。お会計するわね」
店を出ると、今最も人気のある若手ミュージシャンの一人である崇が、可愛い笑顔を浮かべて私を待っていた。
-Fin
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この記事へのコメント
お店の話が少ないのは残念。