「私だけの特別扱い、喜んでいいの?」素直になれぬバリキャリ代理店女子が抱く、ある疑問
「ふぅ。疲れた」
会社の休憩スペースで、朝買っておいたサンドウィッチをつまむ。ミーティングが終わった後にまた“ミキティ”につかまり、気づけばお昼を食べ損ねていた。
「あれ、美貴さん。休憩中ですか?」
―美貴さん。
私を下の名前で呼ぶのは、この会社で一人しかいない。同じチームの3つ下の後輩、圭太君だ。背が高くて、私好みの薄い醤油顔。圭太君に話しかけられると、実は少し嬉しい。
「そうよ、遅めのランチ中」
私がそう答えると、圭太君は「ここ、いいですか?」とにこにこしながら座った。
「相変わらず忙しそうですね」
「そうでもないわよ。最近、土日は休んでるし」
本当は週末も仕事しているのだけれど、ついつい強がりを言ってしまう。
「休日は、いつもどの辺りでご飯食べてるんですか?」
「そうね、最近は広尾かな。お気に入りのお店があって」
「へぇ、気になる。どんなお店ですか?」
圭太君は、3個上の私にひるむことなく、どんどん質問を重ねてくる。そんな年下の男の子の扱いに慣れない私は、ついこう言ってしまう。
「いいでしょ、別に」
つっけんどんに言うと、圭太君は少し拗ねたような表情をした。
「それよりさ、圭太君は何で私を“美貴さん”って呼ぶの?ミキティもいるし、紛らわしいじゃない」
私は、ずっと気になっていたことを彼に聞いた。拗ねた表情の彼を見て、意地悪心に火がついたのだ。
「そんなこと、考えたこともなかったな。美貴さんは、美貴さんだから。駄目ですか?」
「いや、駄目ってわけじゃないけど、でも・・・」
駄目なはずない。本音としてはとても嬉しいけれど、そんなことは口が裂けても言えなかった。
本当に聞きたいのは、“なんで私だけ”ということ。圭太君は、他の女の先輩は苗字で呼ぶのだ。それを聞いてみたかったけれど、恥ずかしくて聞けなかった。
「あ、そう言えば聞きました?僕の今担当しているクライアントが・・・」
そこからは、彼の仕事の話になってしまった。
「美貴さん」と呼ぶ圭太の本心とは?
打ち合わせが終わり、飲み物を買いに出ると、休憩スペースに美貴さんの姿があった。
「美貴さん、休憩中ですか?」
僕は、美貴さんの隣に座った。
美貴さんは少し怖がられているけれど、僕の尊敬する先輩だ。めちゃくちゃ仕事に厳しくて、結果にこだわるタイプ。
特に取引先へのプレゼン能力は抜群だ。いつも大型案件をバシッと決めてくるので、チーム内でも抜群に信頼されている。
でもプライベートは結構謎だ。話している最中、お気に入りの店があるというので、突っ込んで聞いてみたら「いいでしょ、別に」と言われてしまった。
それどころか、「何で美貴さんって呼ぶの?」と突然聞かれ、困ってしまった。たしかに、皆彼女を「松下さん」と呼ぶ。
もしかしたら下の名前で呼ばれるのが、嫌だったのだろうか?
尊敬できる先輩だからこそ少しでも距離を縮めたかったのだが、真っ正面からそんなことは言えない。僕は、別の話題に切り替えた。