金曜美女劇場 Vol.57

ミスワールドから囲碁インストラクターへ!まさに才色兼備の彼女が理想とする男性像は?

小学時代の習い事は、週7日のお嬢様
石塚茉希


たおやかな物腰、上品で知的な言葉使い、おっとりした口調―――。

「彼女はただの美女じゃない」と、妖怪アンテナならぬ美女アンテナがピピピと反応した。「私」を抵抗なく「わたくし」と発音する女性は、いまや希少だ。

頂戴した名刺を拝見して、美女アンテナの反応が正しかったことを確信する。そこには「ミスワールドジャパンファイナリスト」と「囲碁インストラクター」という2つの肩書きが記されていたのだ。

ミスワールドと囲碁インストラクター。思わず、「解剖台の上での、ミシンとこうもり傘の出会いのように美しい」という、シュールレアリズムのフレーズが頭をよぎる。


お話をうかがうと、やわらかな口調とは裏腹に、石塚茉希さんの半生はなかなかに波瀾万丈だった。大変に失礼ながら、深みと重みがあって面白い。


「新宿区の外れで生まれ育ちまして、小学生の頃は週に7日、習い事に通っておりました。書道、油絵、合唱、水泳――。その中のひとつに囲碁もありました。小学1年生の時に祖父に囲碁の会場へ連れて行ってもらった時に、三姉妹の中で私だけが興味を示したようです」

以来、習い事に囲碁も加わった。生徒の半数が女子だったという子ども囲碁教室に通うと、目に見えて上達した。けれども中学受験を控えて囲碁は中断。しばらくはブランクとなる。

「無事に受験に合格いたしまして――」と茉希さんは軽く流したが、合格した先が凄い。女子御三家のひとつだ。


「中学、高校の6年間はオーケストラ部でチェロを弾いていました。大きなチェロを抱えて満員電車に毎日揺られていましたね。部活がない日には渋谷でプリクラやカラオケをしたり、毎日を楽しく過ごしました」

なるほど、当然といえば当然だけれど、女子御三家だって渋谷でカラオケを歌うのだ。そして茉希さんは、大学へ進む。けれども、大学時代は中高とは一転、暗い日々だったという。


都の西北に通う、暗黒時代に出会った光明


「大学は早稲田の理工で、建築を学びました。けれども、受験である程度の結果を残したことで燃え尽きてしまったのでしょうか、何かに熱中することがありませんでした。旅行に出かけたり本を読んだり、でも日々の暮らしには張り合いがないと申しますか……」

建築学科の学友は大学院へ進学する人も多かった。茉希さんもロンドンの大学院の準備コースへの留学も経験したけれど、自分の進路は少し違うと感じていた。

パッとしない気分で過ごしていたけれど、大学4年生だったある日、茉希さんはミスコンと出会う。

「本を読んでいて、私と変わらない女の子が目標を持ってミスコンに取り組んでいることに感銘を受けました。私も自信を持ちたくて、そう、勉強や楽器に打ち込んでいた日々のように、何かで自分を表現したいと思ったのです」


卒業後は就職をして、働きながらレッスンに通うと、あっさりと結果が出た。

「とあるミスコンで意外とすいすいファイナリストになれたので、仕事を辞めてミスコンだけに専念しようと思いました。実家暮らしで、貯金を崩しながらの生活でした。3つのミスコンで日本代表に選んでいただき、達成感を感じました。思うに受験勉強も同じですが、何かの目標に向かって訓練を積むというのが自分には向いているようです」

受験とミスコンが同じ!? 驚きの発言であるけれど、茉希さんの口から聞くと素直に納得できるのが不思議だ。

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