注文の多い女たち Vol.2

注文の多い女たち:気づけば32歳。自由な時間・お金と引き換えに手放したもの


「ここだわ...」

エミが神妙な面持ちで、亜希を振り返る。

東京駅から約2時間半。京都駅に到着したあと、ふたりは電車とタクシーを乗り継いでまっすぐにここを訪れた。

そう、婚活中の女性なら、おそらく知らぬ者はいないであろう、妙徳山 華厳寺。通称、鈴虫寺である。

良縁祈願ができる場所は東京にも山ほどあるが、「鈴虫寺はとにかく凄いの」とエミが力説するので遠路はるばるやって来た。

なるほど、決してアクセスの良い場所にあるわけではないのに、鈴虫寺の入り口には行列ができている。

そしてそのほとんどが20代〜30代の女性。恋愛に悩み、結婚に焦る女が日本全国から集まっているのだと思うと妙な親近感が湧いてくる。

「ねえ見て、亜希。まだあんなに若くて可愛い子にも神様が必要なのかしら」

耳元で囁かれ、エミが指差す先に目をやると、まだ20代半ばと見受けられる、色白で華奢な美少女が立っていた。

「一人で来ているあたり、本気を感じるわね」

亜希が呟いた言葉に、エミも隣で大きく頷いている。

清楚な水色のワンピースに薄手の白いカーディガン。垢抜けないが、柔らかそうな長い髪が風になびく様など、同性から見ても可愛らしい。

「彼女なら神頼みなんかしなくたって、いくらだって条件のいい男をゲットできそうだけど」

そんな風に言った後で注意深く観察していると、彼女の右手薬指にシンプルなリングが光っているのが見えた。なるほど、結婚したい彼氏がいるのだな、と勝手に推察する。

遠目に見ただけではあるが、強いていうほど高価な指輪ではなさそうだ。下世話な話だが、32歳ともなると無駄に目利きができてしまうのは許してもらいたい、と心の中でそっと思う。

彼と結婚したくて、わざわざ一人でお参りに来たのか−。

過去、そんな風に思えるほどの人がいただろうか、と亜希は自分を振り返る。

関係のあった男たちを記憶の片隅から呼び起こしてみるが、そこまでの情熱を持てた相手はひとりもいないことに気づき愕然とする。

結婚が目前に見えたはずの貴志に対しても、自分が何か無理をしたり我慢をしたりする気にはなれなかった。だから、駐在にも付いて行かなかった。

しかし亜希はそのことを後悔しているわけではない。

もしあの時貴志の人生に身を委ねていたら、今こうしてバイヤーで生計を立てることなどできていなかっただろうから。

この記事へのコメント

Pencilコメントする

コメントはまだありません。

【注文の多い女たち】の記事一覧

もどる
すすむ

おすすめ記事

もどる
すすむ

東京カレンダーショッピング

もどる
すすむ

ロングヒット記事

もどる
すすむ
Appstore logo Googleplay logo