麗しの35歳 Vol.1

麗しの35歳:ありふれた結婚に落ちついた女は、彼女の前で恐れおののく。35歳、恭子見参!

誰よりも早く「安定」を選択した、順調な女の人生


4人組の最後の1人・恭子は、在学中に1年イギリス留学したため、皆よりひとつ歳上だ。さらに内定当時から、ずば抜けて大人びた雰囲気が印象的だった。

それで誰からともなく冗談めかして「恭子さん」と呼び出したのが、そのままニックネームとして定着した。


1年に1度ほどのペースでこのメンバーでの食事を定期的に開催しているが、恭子はもう何年も姿を見せていない。

それはてっきり、彼女だけが独身のため肩身が狭いからだろう、と私は勝手に推測していた。

その恭子が珍しく、今日は顔を出すという。

「恭子さん、まさかついに結婚でも決まったとか…?」

思わず他の2人に尋ねたが、2人とも知らない、という表情で肩をすくめた。

「ところで、なつみ、お子さんは何歳になったの?」

「この春に小学生になったの」

満面の笑みでそう答えると、現在揃って妊活中だという2人は羨ましそうにため息をつく。

「もう小学生のママなのね。なつみはいつも私たちの何歩も先を余裕で歩いていて、本当に絵に描いたような、順調な人生よね」

幾度言われてきただろうか、決して聞き飽きることのないこの褒め言葉。

女友達から羨望の視線を浴びれば浴びるほど、誰よりも早く「安定」という道を選択した私の生き方は間違っていなかったのだと、改めて実感できる。

私はうわべばかりの謙遜の言葉を返しながら、満足してひとり頷いた。

そのときだった、恭子が現れたのは。

「遅くなって、ごめんね!」

ミーティングが長引いちゃって、と申し訳なさそうに言いながら椅子に座る彼女は、息を飲むほどに美しく、35歳という年齢を微塵も感じさせない若々しい肌を保っている。

他の2人にそっと目を遣ると、目尻の小さなしわや、まるみを帯びた顎のラインが、出会った頃からの時間の経過をあらためて認識させる。

それにひきかえ恭子はどうだろう。あの頃からちっとも変わっていない、いやむしろ、格段に美しさに磨きをかけている。

そこからは、何年ぶりかに姿を見せた恭子の近況を聞くのに皆夢中になって、完全に彼女の独壇場と化した。

恭子は入社5年目の頃、ヘッドハンティングで同業界内で転職して、現在は3社目。イタリアに本社を構えるブランドでCRM&マーケティングのマネージャーを務めている。

いきいきと仕事の話をする彼女を見ていたら、私は突然、10年以上前の出来事を思い出した。

あれは入社2年目のとき。約100名の総合職同期は、ほぼ全員が店舗勤務でのスタートとなり、その後も本社に異動できる確率は決して高くない。

私は一刻も早く、店舗勤務から抜け出したかった。

社内公募でマーケティングの部署への異動を志すも、あえなく落選した矢先に耳にしたのは、恭子の同期最年少の本社への抜擢だった。

悔しさを噛み締めながら仕事していたあの頃。そんな時に今の夫に出会って、順調に結婚が決まった。

それ以来、心にぴたりと蓋をして忘れかけていた、キャリアでの成功への憧れ。

それが10年ぶりにむくむくと広がって、灰色の雲みたいに私の心を覆い尽くした。

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