女の唇は、キスするためにある。
花が甘い蜜で虫たちを引き寄せるように、唇で男たちの熱い視線を独り占めにする女がいる。
どんな言葉を並べるよりも、それが効果的であることを、一部の女はすでに知っている。
ある男を好きになった堀川真樹(28歳)。いつもは積極的な真樹が、今一歩踏み出せない今回の恋愛。その悩ましい理由とは……?
―向こうもきっと、私のことを好きなはず……。
真樹は、デートを重ねている康史の顔を思い浮かべながら、密かに確信していた。
10代の頃に読んでいた少女漫画では、ただの幼馴染だと思っていた隣の家のイケメンに突然告白されて「ぜんぜん気付かなかった…!」なんて言う主人公を散々見てきた。だが、真樹にとってそんな経験は、皆無だった。
真樹は、目の前の男が自分に対して特別な感情を持っているかどうか、その心の機微を見分ける能力に長けているという自負がある。
その特技を生かして、男女の駆け引きを楽しんでいる節もある。
自分から少しだけ仕掛けて、後は男性の反応を待てばOKという状況に持ちこむのも簡単だ。
真樹は、新宿にある外資系製薬会社の広報部に所属する28歳。色白で、大きな目は目尻が少しだけ垂れており「儚げな雰囲気がある」と、20代前半の頃から言われることが多かった。
だが見た目に反して性格には「儚げ」な要素なんて持ち合わせておらず、逆に気が強くて少々プライド高めだ。
そんな真樹が密かに想いを寄せているのが、康史という3歳年上の男。
この康史が相手だと、いつものように駆け引きを楽しむには少々憚られる理由があるのだ。