決められた未来なんてない
泉は昔から結婚なんていう制度にはこだわらない女性だと思っていたため、驚きは大きかった。
「そう。信じられないかもしれないけど私もね、30歳までに結婚しなきゃって焦ってたのよ」
泉はそう言ってあっけらかんと笑い、美しい所作でワイングラスに唇をつけた。
「じゃあ、どうして……?」
聞きたいことは山ほどあるが、ワインが彼女の唇に吸い込まれるのをじっと見つめて、答えを待つ。
「私、こうと思ったら思いつめちゃうタイプでね、29歳の時の焦りっていったら、麻里ちゃんの何倍もあったの。だから、結婚もせず、仕事も中途半端なまま30歳の誕生日を迎えた時は、ケーキを前に泣いちゃったわよ」
「えー、泉さんが?!」
「ええ。でもね、いざ30歳になってみたら、あの涙は何だったの?って拍子抜けするくらい、何も変わらないの。でも考えてみればそうよね。きのうと今日の自分で、何か違う?1週間前の自分と何か劇的な変化があった?」
泉は、ワイングラスを慣れた手つきでまわしながら、さらに続けた。
「そもそもよく考えたら私、結婚願望がそんなになかったのよ。なんとなく、30歳までに結婚して、35歳までに子どもを2人産まなきゃって思ってたんだけど。でもそれって自分で考えたことじゃないのよね。世の中の雰囲気っていうか、“そうしなきゃ”っていつのまにか刷り込まれた固定観念にすぎなかった」
優しい表情で、泉は淡々と言って、最後にこう付け加えた。
「麻里ちゃんも私も、きっと自分で自分を縛りすぎてるのよ。“何歳だからこうしなきゃ”なんて本当はなくて、自分がどうしたいかが大切。それって、未来は自分の考え方次第でどうにでも変わるっていうことでもあるのよね」
言い終えると泉は、くるくるまわしていた手を止めて、もう一度グラスを口に運んだ。
「そういえば、そんな麻里ちゃんに見てほしいものがあるの」
泉は何かを思い出したように言うと、テーブルに置いていたスマホを操作し始めた。
「ほら、これ」
見せられた画面には見覚えのあるものが映っている。
それは、毎回途中で止めてしまっていた、あの動画だった。
麻里子はこの時初めて、この動画を最後まで見ることができた。
◆
―自分の考え方次第で、未来は変わる。
自宅に帰ると、今日、泉が言った中でも特に印象的だった言葉を頭の中で繰り返した。
そうすると、年齢を重ねることは何かを失うばかりだと思っていた自分が、とても可笑しく思えてきた。
シャワーを終えるとコットンに化粧水をとり、肌の奥にたっぷり沁み込ませる。そして、いつもより丁寧に、時間をかけてスキンケアしながら、自分の正直な気持ち確認した。
―やっぱり高史のことが好き。だから結婚したい。
30歳だから、なんて関係ない。高史のことを失いたくない。
たどり着いた答え、麻里子が求める未来。それはとてもシンプルだった。
▶NEXT:7月19日 水曜更新予定
最終回。高史と麻里子が迎える、意外な結末。
麻里子が前向きなれた理由は、この動画にもあった!
■衣装協力:P1,P2右,P3左/ブルーストライプブラウス¥9900 ベージュスカート¥11000(すべてバナナ・リパブリック0120-77-1978) P2左,P3右:ネイビートップス¥12000 ホワイトパンツ¥20000(すべてマリベル ジーン/カイタックインターナショナル03-5722-3684)その他スタイリスト私物