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  • 妥協で始まる恋なんて、恋じゃない。長年の友人関係に終止符を打った夜

    恭介「彼女に近づくために、男としてあと”少し”自信が欲しい」


    恭介は『ザ・バー』で、小夜子を見かけたことが何度かあった。

    そのたびに声をかけようか悩んでいたが、いつも踏みとどまっていた。小夜子は美し過ぎて、声をかけても断られてしまいそうな気がしたからだ。

    恭介は35歳で、高給取りとして知られている外資系証券会社に勤めている。精悍な顔立ちで女性に不自由したことはないし、一般的に考えればかなり“いい男”の部類だろう。しかしその分、女性に対しての理想はどんどん高くなっている。

    彼女は道を歩けば100%の男は振り向くほどの美女で、恭介の理想とするところだ。しかしそんな女性に声をかけるのは、かなりの勇気がいる。恭介は、それを後押ししてくれる”あと少し”の自信が欲しかった。



    そんなことを考えていたある日のこと、同じ会社の先輩とサーフィンをしていると、先輩からいつもと違う香りがした。思わず「どこの香水ですか?」と聞く。

    先輩が無造作に鞄から出した香水は、美しいブルーのボトルが特徴的な『ヴェルサーチ エロス』というものだった。恭介がまじまじ見ていると、「いいよ、使って」と言ってくれた。

    ミントリーフのフレッシュさのなかに、オリエンタルな雰囲気が漂う官能的なアンバー、そして男らしさ溢れるウッディノートの香り。

    直観的に、この香りをまとえば“あと少し”の自信がつけられる気がした。

    この『ヴェルサーチ エロス』を手に入れて、明日の夜、『ザ・バー』に行ってみよう、と決めた。


    翌日、『ヴェルサーチ エロス』をつけてバーに向かうと、幸運なことに小夜子の姿があった。


    ―今日こそ、声をかけよう。


    いつもと違う香りを身につけていることが、恭介の背中を後押しした。臆することなく彼女に声をかけるとすんなりと承諾してくれ、楽しい夜が始まった。


    ―連絡先を聞いて、また食事に誘いたいな。


    そう考えていた恭介は、小夜子が化粧室に立った瞬間、友人のエリカに彼女の恋愛事情をさり気なく聞いた。

    すると、エリカは「モデル仲間の男に告白されて、付き合おうとしている」と答えた。予想はしていたが、他の男の影に恭介は少したじろぐ。しかも相手はモデルだ。

    何も知らない小夜子は化粧室から戻って席に座った瞬間、恭介の耳元でこう囁いた。

    「恭介さんの隣にいると、すごくいい香りがするの。何の香りかしら?」

    恭介は『ヴェルサーチ エロス』のことを教えた。たしか、女性用もあったはずだ。買うときに見た、女性らしいデザインのボトルを思い出す。

    「女性用の香りも、あるんじゃないかな」
    「そうなんだ。気になるな」

    そう言って微笑む小夜子を見て、他の男のものになる前にもう少し彼女と距離を縮められないだろうか、と恭介は考えた。

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