イケダン!? Vol.2

妻特製の手作りパンが口説いてくる!?既婚男性のLINEアイコンには、要注意

その後も何度か、川口とはジム帰りにご飯を食べた。そのたびに川口は「ユウちゃんみたいな綺麗な子と飲めるだけで、満足」と言い、そしてまた自分を「おじさん」と卑下するのだった。

川口は、全然おじさんなんかじゃない。

贅肉が一切見当たらない引きしまった身体に、淡い色のスーツをいつも綺麗に着こなしている。ジム仲間の既婚女性たちはいつも川口を、「イケダン」「うちの旦那も川口さんみたいだったら」と褒めそやしていた。

親しくなるうちに、川口は妻の話もよくするようになった。彼は基本的には優しい夫であり、妻を心から愛しているようだった。確かにそういう話を聞くと、周りの女性たちが川口のことを“イケてる旦那”、通称“イケダン”と言うのも分かる気がした。

ある日、妻がパン作りにハマっていて大変だ、とぼやいていたことがある。家でパン教室を開きたいと言っているらしい。

「キッチンが広い家に住みたいってうるさいんだ」

苦虫を噛み潰したような顔で話す彼に、何と言っていいか分からず「パン教室なんて素敵ですね」などと言ってやり過ごした。

そんなある週末、何気なくLINEのタイムラインを開くと、川口がアイコンを変更していた。そのアイコンを、ユウは思わず二度見した。


川口のアイコンは、彼の顔と思わしき似顔絵がチョコで描かれた、手作りパンの写真になっていたのだ。綺麗に描かれたそれはなかなかセンスのあるもので、とても素人が作ったとは思えない。ジム仲間の何人かが「いいね!」のスタンプを押していたが、ユウの手は止まった。

そして週が明けて、いつもジムに行く火曜日。

その日は仕事が忙しく、21時を過ぎても仕事が終わる気配はなかった。すると、川口からLINEが届いていた。

―何でいないのー?ユウちゃんがいなくて、寂しいっ!!

そのLINEをユウはしげしげと見つめた。

…パンが、私に話しかけている。
…パンが、寂しがってる。

なんだかとても、滑稽な気分になった。



久しぶりに会った川口は、「ついに二子玉川に家を買うことにした」と報告してくれた。パン教室が開催できる、キッチンが広い家に。

仕事が忙しいせいもあったが、ユウは次第に川口がいる曜日にジムに行くことを避け始めた。

川口はあの頃、「ユウちゃんは本当に綺麗だ」「ユウちゃんがいなくて寂しい」などと言って男の顔をちらつかせながら、自らを「おじさん」と言うことによって、絶妙な距離をとっていた。

そんな“イケダン”に惹かれる気持ちはあったが、生活感溢れる手作りパンのアイコンを見た瞬間、はたと目が覚めたのだった。

▶NEXT:4月23日 日曜更新予定
家事を放棄したイケダンとは!?


【これまでのイケダンたち】
vol.1 部下とのランチ代、1,000円さえ払わない。残念過ぎるイケダンの実態

※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

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