上司といるときは奢ってもらい、逆に後輩と行くときは奢る。それが当たり前だと思っていたユウは、その橋本の行動に驚きを隠せなかった。
帰ってそれを亜美に話すと、「毎回そうなんですよ」と苦虫を噛み潰したような顔で言った。
何でも橋本の妻が家計を厳しく管理しているため、自由に使える金がほとんどないらしい。ランチ代はもちろん、飲みの場に行っても、自分が多く出すこともなく、立て替えることもない。一番下っ端の亜美がいつもカードで精算しているようだ。
「まぁしょうがないですけどね…」
亜美はそう言いながら、「橋本さんのFacebookを見たら、何となく内情が分かる」と教えてくれた。
ユウはさっそく橋本に友だち申請し、タイムラインを見た。するとそこには、亜美の言うとおり週末ごとにアップされる妻と子供の写真の数々があった。
写真に収まる妻のファッションは隅々まで完璧で、その装いは一目で高価な品々だと分かる。
ヴァンクリのピアスやエルメスの鞄、足元はフラットシューズだが、シャネルやフェラガモが多いようだ。バレンタインや誕生日などのイベントごとにはいつも、ザ・リッツ・カールトンやコンラッドなどの外資系ラグジュアリーホテルでの写真がアップされていた。
そして妻のFacebookにも似たような写真がアップされており、そこには「いつも協力的な夫に感謝♡」という一文が添えられているのだった。
イケダンの不安「俺ってまだ男としていけるかな?」
仕事終わりに橋本と飲む機会は、何度かあった。橋本は酒の席では昼間と違い、家庭の話をほとんど封印した。その代わりにユウや亜美の恋愛話を聞きたいとせがみ、「独身は楽しそうだなぁ」としきりに言う。
1度飲みに出れば帰りたがらず、2軒目、3軒目へとユウたちをひっぱり出そうとする(しかし、奢ることはしない)。
そして最後は決まって、「俺って男としてまだいけるかなぁ」と冗談とも本気ともつかない調子で言うのだ。
その姿を見るたびに、ユウは複雑な気分になった。橋本は「イケダン」として、社内でも評判の男だ。本人もまたその自己プロデュースを怠らない。しかし夜に酒が入ったときの「男として諦めきれない何か」について語られると、そのギャップに少々戸惑いを感じるのだ。
人間には色んな面があるというのは百も承知だ。しかし2つの顔を知るユウにとって、「イケダン」アピールをする橋本の姿は、少し滑稽にも見えてくる。
今週末も上がってくるであろう橋本の家族写真。しかしユウが「いいね!」をすることは、きっとない。
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