特別な空間でいただく料理で、徐々にほぐれる彼女の心。だがやはり……
「すごい、綺麗!」
代々木VILLAGEにあるレストラン『コードクルック』へ入ると、亮太が最初に言った「東京で1番早い桜」の意味がわかった。
店内の各所には見事に咲き誇る桜が配されていたのだ。
「これは日本各地で、その土地の食材を使って一流シェフが料理を作るプレミアムな野外レストラン”ダイニングアウト”というイベントがあって、今回は特別に都内で地域体験ができる催しなんだ」
テーブルに案内され向かい合って座ると、亮太が説明を始めた。
「この桜を眺めながら、時代を代表する料理人の料理が食べられる。それに今日いただくコース料理はすべて、静岡の食材が使われているんだ」
「静岡の食材?」
「そう、春菜の地元の静岡」
そう言われて、春菜は静岡の懐かしい景色を思い浮かべた。18歳だった春菜は、のんびりと流れる時間が嫌いで、早く静岡を出たいと思っていた。静岡にいても、頭の中では常に、東京で輝く自分を想像していた。
それが今では、静岡に帰ることも考える自分がいるのだから、皮肉なものだと春菜は大きく息を吐く。
その姿を見て、口には出さず「どうしたの?」というように春菜の顔を覗き込む亮太に、春菜は笑顔をつくり首を横に振った。
ディナーメニューは全部で10品。静岡みやげとして有名な「うなぎパイ」を使ったスナックに始まり、スープ、メイン、小菓子などのコース料理とペアリング・ドリンクが堪能できるこのイベント。
冴えない気分だった春菜も、3品目の「静岡県 海と田畑のフリット×ヱビスマイスター」のペアリングを出された頃にはもうすっかり上機嫌になっていた。
「この、海老芋の衣に使われている“カミアカリ”っていうのも、静岡産のお米なんだね。私も知らなかった。外はお米の衣でカリっと歯ごたえがあるけど、中の海老芋は柔らかくて、食感まで計算されてるよね」
春菜が笑顔で言うと、亮太は満足そうにビールをゴクリと喉に流し込む。
「ヱビスマイスターともよく合うよね。ビールのふくよかな薫りが際立った深いコクが、フリットとよく引き立てあってる」
亮太が喉を鳴らすのを見て、春菜もつられるようにビールを手にした。
「本当、美味しい!」
二人で何度もそう言いながら、供される料理を楽しんだ。
メインの「静岡県産 牛もも炭火焼」は静岡育ちのイチボを炭火でローストしたもの。静岡伝統野菜の”白糸唐辛子”のアリッサという香辛料がアクセントになっている料理だ。
さらに、サラダ、サクラエビご飯を食べ終えると、静岡産の紅茶を使ったシフォンケーキが出て来た。
「春菜、あのさぁ……」
春菜がシフォンケーキを嬉しそうに食べる姿を、目を細めて見つめながら、亮太がついにこのデートに込めた想いを語り始めた。