恋愛低体温女子 written by 内埜さくら Vol.1

恋愛低体温女子:自他共に認める“恋愛低体温女子”が、ある男性にドキッとしてしまった理由


だがプレスになってまだ1ヶ月。人一倍、いや10倍は努力しているつもりだが、まだノーミスというわけにはいかない。

「おい神崎! ちょっと来い!!」
――また何かやらかしちゃった……。

上司に当たるチーフプロデューサーの“二階堂隼人”に怒鳴られ「はいっ!」と即答し席へ駆けつけると、二階堂の目尻が怒りで釣り上がっている。

「この企画書のコンセプト、まったく意味が解らないから今日の18時までに書き直し。それと、この編集部からのアンケート用紙に記入したの、神崎だよな?」

“神崎真理子”と記入された箇所を右手人差し指でコツコツと叩いているから、解っているはずなのに質問するなんて意地悪。「はい……」と答えるとまた怒声が飛んだ。

「こんな幼稚園生みたいな汚い字で書くヤツがあるか?神崎、お前は『M classe』の顔なんだぞ。こんな用紙を提出したらウチの会社が笑われるだろうがっ!丁寧な文字で書き直せ!!」

忙しいから急いで書いたんです――とは言えない。入ってみて初めて知ったが、プレスルームの社風は上に絶対服従の体育会系気質なのだ。

「その2つが終わったら、編集部から戻ってきたサンプル、倉庫に戻しておくように」

二階堂が指差した先を見ると、女性だと両手で抱えないと運べない大きさのダンボールが5つも山積みになっている。

仕事に性差なし。これもプレスになって初めて知ったことだった。

――何よ、何よ。言い方ってものがあるじゃない!

運悪く台車に空きがなかったため、両手でダンボールを抱えて歩きながら真理子は独りごちた。自分が犯したミスだし二階堂の言うことはすべて正しいためぐうの音も出ない。二階堂の怒り方ぐらいしか突っ込めないのである。

――あの人が社内で一番モテるなんて信じらんない。

35歳でいまだ独身の二階堂は職業柄ファッション感度が高く、常に目を惹く身なりをしていることは認める。竹野内豊似の端正な顔立ちをしていることも認めよう。

さらにずば抜けた管理能力で将来有望との噂があり、二階堂に気に入られようと躍起になる社内の独身女性が後を絶たない――らしい。

だが、これも自分の未熟さゆえだが、毎日怒られている真理子は、二階堂を異性として見たことがない。心の中で“鬼隊長”と毒づく日もある二階堂が、単なる上司の域を超えないのは当然ともいえた。

――でもこんなんじゃ、鬼隊長に褒めてもらえる日はまだまだ先かな……。
反省と疲労でトボトボと歩いて自席に戻ると、机にアイスコーヒーとひと口サイズのチョコレートが置いてある。真理子の好きな組み合わせだ。

――誰だろう。
社内を見渡すと目が合った二階堂が「ご苦労さん」と片手を挙げて席に歩み寄ってくる。

「いつも厳しくてごめんな。それ、俺からの差し入れ。神崎、社外の評判いいぞ。みんな『感じがいい』と言ってる。誰からも好印象を持たれるのはプレスに欠かせない才能だ。才能あるよ、神崎は。だから一緒に『鬼に金棒』の“金棒”を作り上げていこうな」

――え……こんなに優しくされたの初めてなんですけど。しかも笑った顔の二階堂さん、すごくカッコイイ。その上わたしの好きな物まで覚えていてくれてた……?

と思った瞬間に胸がキュンとした。

――このドキドキ、もしかして……!?

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